出典 Tokyo2020
- 「五輪招致決定後に白紙撤回すべき」 責任は文科とJSCトップと指摘 検証委員会が報告書
- 2015年9月24日、総工費が膨れあがり、今年7月に白紙撤回となった新国立競技場の旧整備計画問題を検証してきた文部科学省の検証者委員会(第三者委員会 委員長・柏木昇東大名誉教授)は、東京五輪招致が決まった平成25年9月から同年末までに計画をゼロベースで見直すべきだったとする検証報告書を取りまとめた。
混乱を招いた責任については、適切な組織体制を整備できなかった日本スポーツ振興センター(JSC)と文科省の両組織トップにあると指摘した。
検証委は同日中に下村博文文科相に検証報告書を提出。下村氏とJSCの河野一郎理事長は自らの責任問題について判断するとみられる。
報告書によると、設計会社から25年8月、当初1300億円と見込まれた新国立の総工費について、国際コンペで選ばれた女性建築家、ザハ・ハディド氏のデザインをベースに関係団体の要望を全て満たした場合、3千億円を超える可能性があるとの報告があり、関係者の間で総工費の削減案が検討された。
報告書では、同年9月に東京五輪招致が決定した後、「この削減案に基づき一度ゼロベースでハディド案を見直すチャンスがあったと考えられる」と指摘。その上で、プロジェクトを本格的に動かす必要があった同年末までの時期が白紙撤回を行う一つのタイミングだったと結論付けた。
新国立競技場整備計画経緯検証委員(第三者委員会)は、約3年半の経過を経て、新国立競技場の整備計画は白紙に戻ることとなった事態を受け、整備計画に係るこれまでの経緯について客観的に検証するため、2015年8月、文部科学省に第三者からなる組織として設置された。
委員長は柏木昇東京大学名誉教授(元・中央大学法科大学院教授)、委員は國井隆公認会計士、黒田裕弁護士、為末大一般社団法人アスリート・ソサエティ代表理事、古阪秀三京都大学工学研究科建築学専攻教授、横尾敬介経済同友会専務理事(みずほ証券常任顧問 委員長代理)
新国立競技場の整備計画に係るこれまでの経緯について検証。具体的には、以下の期間を検証対象としている。
平成23年12月13日:2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の招致について、閣議了解された時点~平成27年7月7日:第6回国立競技場将来構想有識者会議において、工事額2,520億円とする設計概要が了承された時点
以降、計3回の会合を開いたほか、下村氏やJSCの河野一郎理事長ら延べ34人の個人と組織からの聞き取りや現地視察を行った。
調査は、強制的な権限を有するものではなく、任意調査として行われたことで、検証結果が一定の制約を受けることを免れないとしている。
- 検証結果:問題点の検証(検証事項2)<総論>
- (1)検証に当たっての前提
•高い要求仕様に応えつつ、2019年のラグビーワールドカップに間に合わせるというタイトな工期で最高水準の技術が求められるデザインを実現すること自体、難度が高いプロジェクトであったが、加えて予想を超える物価・賃金の高騰を招く特殊な建設市況や調整
•プロセスの追加などにより、一層複雑さを包含するものと化していた【プロジェクトの難度の高さ・複雑さ】
• 様々な工事費の数値は、それぞれの計算基礎と算出主体と精度が異なるものであり、このような性質の異なる数字を横並びで比較することについては慎重でなければならない【異なる工事費の取扱い】
(2)見直しに至った主な要因
• 意思決定がトップヘビーで、機動性がなかったことにより、意思決定の硬直性を招いた【集団的意思決定システムの弊害】
• 大規模かつ複雑なプロジェクトであったにも関わらず、既存の組織・既存のスタッフで対応してしまった【プロジェクトの推進体制に係る問題】
• 情報発信による透明性の向上や、国家的プロジェクトに対する国民理解の醸成が図られなかった【情報発信のあり方に係る問題】
(3)見直しをすべきだったタイミング
• 平成25年8月に設計JVから、ザハ・ハディド氏のデザインをベースに関係団体の要望をすべて満たした場合、工事費が3,000
億円を超えそうだという報告がなされ、その際に工事費の削減案が関係者間で検討されている
• 同年9月に東京招致が決定した後、この削減案に基づき一度ゼロベースでザハ・ハディド案を見直しするチャンスがあったのではないかと考えられる
• したがって、プロジェクトを本当に動かす必要が生じた同年9月から同年年末にかけてが、ゼロベースで見直しを行う一つのタイミングであったと考えられる
(4)責任の所在について
• 結果として、本プロジェクトの難度に求められる適切な組織体制を整備することができなかったJSC、ひいてはその組織の長たる理事長にあると言わざるを得ない
• 文部科学省についても同様に解するべきであり、その組織の長たる文部科学大臣及び事務方の最上位たる事務次官は関係部局の責任を明確にし、本プロジェクトに対応することができる組織体制を整備すべきであった
- 検証結果:問題点の検証(検証事項2)<各論>1
- (1)コストに関する問題点
• デザイン競技公募で示される工事費の意味合いが、関係者の間で共有出来ていなかった【企画段階での工事費に対する認識の
違い】
• デザイン審査の過程において、今後工事費が変動する可能性について、専門家から警鐘が鳴らされる仕組みとなっていなかった【専門家によるコスト評価】
• 算出主体の違いによる工事費の差異や工事費高騰の可能性について、国民に対して、正確かつ丁寧な説明が行われなかった【対外的な説明不足】
• 工事費について、物価上昇等を加えた額がどの程度を超えた場合に仕様を変更するといった検討がなされず、上限額が無いに等しい状況だった【上限意識の曖昧さ】
• 国費以外の財源が複数あったこともあり、工事費の上限額を明確にするインセンティブの低下を招いた【他財源への期待による当事者意識の希薄化】
(2)プランニングに関する問題点
• 招致が決定した後、トレードオフの関係にある仕様、工期、工事費について、いずれを優先させるのかが首尾一貫していなかった【プライオリティに係る問題】
• ユーザーの要望事項を幅広く取り入れたことで、ハイスペックな仕様となっていたが、抜本的な見直しは行われず、規模や機能の縮小検討に留まっていた【仕様に係る問題】
• 国家的プロジェクトを行う政府全体としての意思の統一がなされておらず、関係者がそれぞれの立場で検討し、調整した結果、元々2019年のラグビーワールドカップに間に合わせるというタイトなスケジュールだったにも関わらず、時間的ロスが発生してしまった【工期に係る問題】
(3)設計・工事に係る調達方法に関する問題点
• プロジェクト初期段階で、相互関係などを勘案したプロジェクト全体の調達計画が立てられていなかった【対処療法的な調達方法の採用】
• デザイン監修者と設計者との間における役割分担が不明確であった【不明確な関係者の役割分担】
• 発注者(JSC)が、発注者支援者の専門性を十分に活用出来ていなかった【発注者支援者の活用不足】
• 技術協力者・施工予定者の参画が遅れ、工事費の削減と工期の短縮につながらなかった【施工予定者の遅い参画】
• 工区分割を採用したことで、工区間調整が必要となり、工期延伸の原因の一つとなった【工区分割による調整プロセスの増加】
- 検証結果:問題点の検証(検証事項2)<各論>2
- (4)情報の発信に関する問題点
• 国家的プロジェクトとして、税金負担をする国民の理解を得るための、工事費の推移等に関する情報発信が十分ではなかった【国民理解の醸成不足】
• 新国立競技場の用途や魅力について、広く、国民に対して積極的に発信していたとは言えなかった【積極的とは言えない情報発信】
• プロジェクト全体を通じて、一貫して最後まで状況が説明できる専門知識を持ったスポークスマンが配置されておらず、情報発信の体制が不十分だった【不十分な情報発信体制】
(5)プロジェクト推進体制に関する問題点
• 理事長は、組織の長として文部科学省に人的要請を行ったという事実はあるが、結果として国家的プロジェクトに求められる組織体制を整備することができなかった【JSCの組織体制に係る問題】
• 文部科学大臣及び事務次官は、国家的プロジェクトを念頭においた進捗管理体制を構築せず、報告・相談が密に行われる仕組み作りや組織風土の醸成が十分ではなかった【文部科学省の組織体制に係る問題】
• 国家的プロジェクトに相応しい権限と責任を伴ったプロジェクト・マネージャーが組織の中に明確に位置づけられておらず、また、プロジェクト・マネージャーに相当すると思われる役職者を通常の人事ローテーションで異動させていた【プロジェクト・マネージャーの不在】
• 多くの関係者間や関係組織間の役割分担、責任体制が不明確であったため、意思決定プロセスの透明性が確保されていなかった【意思決定の歪み】
• 大規模かつ複雑なプロジェクトに精通した専門家を発掘・配置しておらず、また、デザイン選定からプロジェクト推進までを一貫してチェックする専門性をもった組織を構築していなかった【専門家の不足】
終わりに
• 検証の過程で行ったヒアリングの結果判明したことは、本プロジェクトに関わった多くの人が真摯に仕事に取り組んできたことである
• その一方で、プロジェクトを遂行するシステム全体が脆弱で適切な形となっていなかったために、プロジェクトが紆余曲折し、コストが
当初の想定よりも大きくなったことにより、国民の支持を得られなくなり、白紙撤回の決定をされるに至ってしまった
• 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のメインスタジアムとなる新国立競技場は、今後、厳しいスケジュールの下で整備
が行われることになるが、国民の信頼を回復し、全ての国民から愛される競技場となることを期待する
- JSC河野理事長退任へ 新国立建設計画撤回で引責
- 新国立競技場の整備主体の独立行政法人、日本スポーツ振興センター(JSC)の河野一郎理事長(68)が任期切れとなる9月末で退任することが9月11日、明らかになった。新競技場の整備計画の白紙撤回を受けた事実上の引責辞任となる。
政府内には国内外に幅広いスポーツ人脈を持つ河野氏の再任を求める声もあったが、「新競技場の整備主体のトップとして一連の混乱を招いた責任があり、交代はやむを得ない」(政府関係者)との声が強まっていた。
JSCは文部科学省が所管。河野氏はオリンピックの日本選手団のチームドクターを務めた後、スポーツ関連団体の役員などを歴任。日本アンチ・ドーピング機構会長を経て2011年10月にJSC理事長に就任した。任期は今年9月30日までの4年間で、制度上は再任が可能だった。 - スポーツ医学の専門家 ラグビー人脈を通じて森喜朗氏と親密な関係を築く
- 河野一郎氏は、1973年、東京医科歯科大学医学部卒業、大学時代はラグビー部に所属した。
筑波大学内科講師から助教授を経て、1999年にスポーツ医学教授に就任。1988年ソウル五輪から1996年アトランタ五輪まで3大会連続で、日本選手団の本部ドクター・本部役員を務めた。
1995年、日本ラグビーフットボール協会の強化推進本部長に就任。1996年には、日本代表ヘッドコーチとしてラグビー元日本代表の平尾誠二を招聘、「平尾プロジェクト」を立案し、若手選手の発掘に貢献した。1999年のラグビーワールドカップでは、日本ラグビー協会の強化推進本部長として、日本代表選手団の団長を務めた。
ラグビーを通して、高校・大学時代はラガーマンだった森喜朗氏と懇意となり、スポーツ界に足場を築いた。
2001年、世界アンチ・ドーピング機関 (WADA) の国内組織である日本アンチ・ドーピング機構 (JADA) の設立に参加した。河野氏は基本的にはスポーツ医学の専門家である。
2001年、日本オリンピック委員会(JOC)理事に就任、2006年(平成18年)、石原慎太郎東京都知事が牽引した2016年夏季五輪招致委員会事務総長に就任。同時に、JOC招致推進委員会委員となった。
2016年夏季五輪招致に失敗すると、再選された石原都知事は、今度は2020年夏季五輪招致に乗り出し、2011年、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会を設立。会長は石原慎太郎、理事長は日本オリンピック委員会の竹田恆和会長、評議員会議長は森喜朗氏だった。
河野一郎氏は、招致委員会の理事と評議会委員に就任した。
2003年、「日本体育・学校健康センター」の業務を引き継ぐ形で、日本のスポーツ振興を目指す司令部となる日本スポーツ振興センター(JSC: Japan Sport Council)が設置された。
日本スポーツ振興センター(JSC)は、スポーツ振興くじ(toto)の実施主体も抱え、totoの売上高は約8300億円(2011年度)にも達した。toto原資とするスポーツ振興助成金は、172億円(2023年度)にも上り、スポーツ界で権勢を振るう巨大な組織にのし上がっていた。
2011年10月、河野一郎氏は、日本スポーツ振興センター(JSC)の三代目の理事長に就任した。ラガー人脈をきっかけに親密な関係築いていた森喜朗氏の後押しがあったと思われる。
2012年、すでに開催が決まっていたラグビー・ワールドカップ2019の開催と東京オリンピック2020の招致を目指して、老朽化が激しかった国立競技場の「改築」が決まり、日本スポーツ振興センター(JSC)が建設計画を担うことになった。
理事長に就任した河野一郎氏の最大の役割は、新国立競技場の建設になった。
- 下村文科相 辞意 安倍首相は内閣改造まで続投を要請
- 下村博文文部科学相は9月25日、閣議後の会見で、新国立競技場問題の責任を取るため、24日夜に安倍晋三首相に辞意を伝えたことを明らかにした。安倍首相からは10月上旬に予定する内閣改造まで続投を要請され、了承した。また下村文科相は、大臣俸給から議員歳費を除いた額の6カ月分など、計約90万円を返納すると発表した。
新国立競技場の旧建設計画が白紙撤回に至った経緯を検証する文科省の第三者委員会が24日、「適切な組織体制を整備できなかった」として下村文科相の結果責任を明記した報告書を公表。これを受けて下村文科相は、首相に電話で「自ら責任を取りたい」と伝えた。首相からは「今までの経緯の中では辞任に値しないがそういうことなら受け止めたい。近々内閣改造をするので、それまでは続けて欲しい」と慰留されたという。
下村文科相は、「非違行為があったわけではないが、国民全体のムーブメントの先頭にたって盛り上げる立場の中、それができなかったことについて政治的責任があると考えていた。(第三者委の)報告書が出てけじめをつけた」と述べた。
山中伸一前事務次官も給与の10%を2カ月分、約24万円を自主返納する。今月末に退任する河野一郎日本スポーツ振興センター(JSC)理事長も、給与の10%を2カ月分返納する。政府は25日の閣議で、後任理事長に、サッカーJリーグ前チェアマンの大東和美氏を10月1日付で起用する人事を了承した。
- 責任の所在を曖昧にした下村氏
- 下村博文文部科学相は、前夜に安倍晋三首相に辞意を伝えたが、結局、安倍首相は、内閣改造を目前に控えた時期の「辞任」は、政権のダメージになるとして、内閣改造での「交代」とした。
下村氏は給与の自主返納も発表し「けじめ」を強調したが、「検証委の報告書とは別の次元で私自身の判断として辞任を申し入れた」と述べた。25日の閣議後会見で、下村文科相は辞意が「自主判断」だと再三強調した。
“迷走”を重ねた新国立競技場整備の責任の所在を曖昧したままの“辞任”表明になった。
下村氏は、2012年12月に文科相で初入閣して以来、教育委員会制度改革や「道徳」の教科化など安倍首相がこだわる教育改革を実現させてきた下村氏だったが、今年に入って「失点」が相次いだ。2月に支援団体「博友会」を巡る資金問題が週刊誌報道で浮上し、国会で激しく追及された。6月には新国立競技場の総工費の高騰問題がわき上がり、窮地に追い込まれた。それでも首相は責任を問わなかった。政権運営のダメージを回避するためだ。改造で交代は「既定路線」としたのである。
首相が旧整備計画の白紙撤回を表明したのは7月17日。最重要課題の安全保障関連法は前日に衆院を通過したばかりだった。下村氏を更迭すれば、野党に新たな攻撃材料を与える。関連法の参院審議は難航することが見込まれており、続投させざるを得なかった。
白紙撤回後も自らは職にとどまりながら、担当局長を交代させた下村氏への風当たりは強くなるばかりだった。
既に内閣改造が9月下旬にも行われるとの見方が広がっており、下村氏の交代は説がささやかれていた。検証報告を9月末までにまとめるとしたのは、検証を行う十分な期間を考慮したのではなく、内閣改造に間に合わせて、下村氏の交代は「既定路線」として収拾させようとする政治的な配慮を優先させたと思われる。
2020東京オリンピック・パラリンピックの準備を巡っては、まず新国立競技場の建設問題を巡って大きな“汚点”を残したには間違いない。
- 下村文科相辞任 「最大の反省点は新国立」 最後の会見では反省の弁
- 2015年10月7日、下村博文文部科学相(就任2012年12月)は、午前の臨時閣議で辞表を提出。その後の記者会見で2年9月余りの在任期間を振り返り、「最大の反省点は新国立」として、五輪・パラリンピックの東京招致が決まった平成25年9月段階で「(新国立にかかる)1300億円の総工費やザハ・ハディド氏のデザイン案をゼロから検証して見直すべきだった」と反省の弁を述べた。
「東京招致決定の段階で整備計画を見直すべきだった」という指摘は、新国立問題を検証する第三者委員会が9月24日に下村氏に提出した報告書に盛り込まれていた。下村氏はこの報告書で一連の監督責任を問われていた。
出典 JSC