新国立競技場 安藤忠雄 ザハ・ハディド 審査委員長の“肩書き”が泣いている

審査委員長の“肩書き”が泣いている 新国立競技場デザイン決めた安藤忠雄氏
新国立競技場問題 安藤忠雄氏が記者会見 (2015年7月16日)   出典 PAGE Youtube

 総工費が「2520億円」に高騰して、世論から厳しい批判を受けている新国立競技場建設問題について、新競技場のデザインを決めた国際デザイン・コンクールの審査委員長を務めた安藤忠雄氏(73)が経緯について初めて記者会見を行い、「デザインの選定までが仕事でコストの決定議論はしなかった」と述べた。
冒頭に、7月7日に開かれた新国立競技場の計画を公に議論する最後の機会となった「有識者会議」に欠席した理由について「大阪で別の会合があったので欠席した」と釈明した。
 「私たちが頼まれたのはデザイン案の選定まで、実際にはアイデアのコンペなんですね。こんな形でいいなというコンペですから、徹底的なコストの議論にはなっていないと思う。私自身こんなに大きなものは造ったことがない。流線形で斬新なデザインでした。なによりもシンボリックでした。この難しい建築工事を日本ならできると私は思いました」
 また、政府内で総工費2520億円の削減に向け、計画を見直す検討に入ったことについて、「建築家、ザハ・ハディド氏のデザインは外すわけにはいかないと思うが、2520億円は高すぎる。もっと下がらないかと私も聞きたい。徹底的議論して調整して欲しい」と述べた。
 新競技場の総工費が問題になってから、安藤氏が公の場で発言するのは初めてで、JSCによると、安藤氏からJSCに会見の要望があったという。
 安藤氏は、総工費が正式に示された7日の有識者会議を欠席したことから、下村文部科学相から「選んだ理由を堂々と発言してほしい」と指摘されていた。
 安藤忠雄氏は新国立競技場建設のデザインコンクールの責任を負う審査委委員長、その対応には唖然とさせられる。「世界でいちばん」をめざす新国立競技場にはザハ・ハディド氏のデザインが「いちばん」相応しく、高額の経費がかかっても建設すべきだと主張してこそ「世界で一流」の建築家であろう。
 審査委員長の“肩書き”が泣いている。

新国立競技場問題 安藤忠雄氏が記者会見 (2015年7月16日)
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ザハ・ハディド作品には“目を見張った” 安藤忠雄氏擁護論
 新国立競技場の二つのデザインを見比べて欲しい。
 1枚目は、国際デザイン・コンクールで最優勝賞を受賞したザハ・ハディド氏の作品、二枚目は建設費の高騰を批判されて変更縮小したデザイン案、どちらがインパクトのあるデザインだと思いますか?
国際デザイン・コンクールで最優秀賞となったザハ・ハディド作品  出典  日本スポーツ振興センター(JSC)

縮小変更案   出典 日本スポーツ振興センター(JSC)

 筆者は、ザハ・ハディド氏のデザインが、はるかに斬新で近未来を彷彿とさせるインパクトがあるデザインだと思う。その意味で、ザハ・ハディド氏のデザインを採用した安藤忠雄氏の“眼力”を高く評価したい。勿論、膨れ上がった建設費の問題や余りにも斬新デザインは景観を損なうという景観問題があるのも理解している。
 また膨れ上がった建設費の問題は致命的であることも理解した上だ。
 それに比べて、縮小変更デザイン案はなんとも“お粗末”な“見栄えのしない”デザインだと筆者は思う。「自転車のヘルメット」とか、「古墳」、「ロボット掃除機」、はてまた「便器の蓋」とか酷評されている。なんとも冴えないデザインである。
 このデザインで新国立競技場を建設するなら、いっそのこと横浜の「日産スタジアム」や大阪の「ヤンマースタジアム長井」のように「普通」のスタジアムで建設した方がはるかに良い。 
 そして周辺整備費をしっかり使って、神宮外苑エリアを五輪開催の“レガシー”(未来への遺産)にしたらどうか?
スポーツの躍動感を思わせるような流線形の斬新なデザイン」
 Zaha Hdid Architecsの作品が評価されたポイントは、「スポーツの躍動感を思わせるような流線形の斬新なデザイン」である。極めてシンボリックな形態で、「背後には構造と内部の空間表現の見事な一致があり、都市空間とのつながりにおいても、シンプルで力強いアイデアが示されている」としている。また可動式の屋根も“実現可能”で、イベント等の開催時には、「祝祭性」に富んだ空間が演出可能で、「大胆な建築構造がそのままダイナミックなアリーナ空間の高揚感、臨場感、一体感は際立ったものがあった」としている。
 さらに「橋梁ともいうべき象徴的なアーチ状主架構の実現は、現代日本の建設技術の粋を尽くすべき挑戦となる」と評価している。
 これに対して、当初から、Zaha Hdid Architecsのデザインは、「景観」を壊すとして強い批判があった。ジャパン・タイムズは社説で「美しい神宮外苑の公園に、うっかり落とされた醜いプラダのバッグのようだ」とし、「ザハ・ハティドの呪い」とコメントしている。「歴史ある外苑の雰囲気に溶け込まない」、議論が未だに終息していない。
 それにしても、経費を削減するために、急遽、見直しを行って作成された縮小変更デザイン案は余りにもお粗末。 「便器の蓋」、「古墳」、「自転車のヘルメット」、痛烈な批判が浴びせられている
次世代を見据えた建築デザインの難しさ
 次世代の見据える建築物のデザインを考えるのは極めて難しい。インパクトを求める未来派志向と景観との調和を求める環境志向、日本文化の伝統を求める伝統志向、それぞれ価値観や評価基準がまったく異なり、意見はまとまらない。
 筆者は、ザハ・ハディド氏のデザインを批判するつもりは一切ない。彼女は建築デザイン家として、「近未来感覚の斬新さ」をあくまで追求してプロフェッショナルのデザインを創造する芸術家である。自由な発想で世界各国に斬新なデザイン作品を提示しているのは素晴らしいことだ。
 筆者がかつて勤務していたオフイスの隣に1964年の東京オリンピックの競泳会場となった国立代々木競技場第一体育館がある。この体育館の設計をしたのは建築家の丹下健三氏である。実に時代の先端を行く吊屋根形式のデザインで体育館を設計した。当時の建設技術では極めて難度が高く、実現が難しいのではないかと言われていた工法に挑戦した。その斬新なデザインにまったく批判がなかったわけではないだろう。しかし、その優美な曲線を持った外観は東京オリンピックのシンボルの一つとして評価されるようになり、代々木のランドマークとなった。建築物の先端性とはこのように理解するのが適切なのではないか。時代”の一歩先を行けば評価されるし、二歩先を行くと誰も理解してくれないが世の常である。ザハ・ハディド氏は、そのギリギリの境界を狙っている挑戦的な建築家だと思う。但し建設費を無視しているのが致命的な欠点だ。

新国立競技場のデザイン募集 国際コンペ実施
 「8万人を収容する観客席、開閉式の屋根、大規模な国際大会のほか、コンサートなども開ける多機能型の“新国立競技場”を建設する……2012年7月20日、国立競技場を運営する独立行政法人日本スポーツ振興センター」(JSC)が、“新国立競技場”のデザインを募集する国際コンペを実施した。
 “新国立競技場”のキャッチフレーズは、「『いちばん』をつくろう」である。
「日本を変えたい、と思う。新しい日本をつくりたい、と思う。もう一度、上を向いて生きる国に。そのために、シンボルが必要だ。日本人みんなが誇りに思い、応援したくなるような。世界中の人が一度は行ってみたいと願うような。世界史に、その名を刻むような。世界一楽しい場所をつくろう。それが、まったく新しく生まれ変わる国立競技場だ。世界最高のパフォーマンス。世界最高のキャパシティ。世界最高のホスピタリティ。そのスタジアムは、日本にある。「いちばん」のスタジアムをゴールイメージにする。だから、創り方も新しくなくてはならない。私たちは、新しい国立競技場のデザイン・コンクールの実施を世界に向けて発表した。そのプロセスには、市民誰もが参加できるようにしたい。専門家と一緒に、ほんとに、みんなでつくりあげていく。『建物』ではなく『コミュニケーション』。そう。まるで、日本中を巻き込む『祝祭』のように。この国に世界の中心をつくろう。スポーツと文化の力で。そして、なにより、日本中のみんなの力で。世界で「いちばん」のものをつくろう。」
 国際デザイン・コンクールを実施するにあたって日本スポーツ振興センターが宣言したコメントである。
建築家の安藤忠雄氏(建築家 東京大学名誉教授)が審査委員長となった。
審査員は、鈴木博之(建築家 青山学院大学教授)、岸井隆幸(建築家 日本大学教授)、内藤 廣(建築家 前東京大学副学長)、安岡正人(建築家 東京大学名誉教授)、都倉俊一(作曲家 日本音楽著作権協会会長)、小倉純二(日本サッカー協会会長)、河野一郎(医学博士 日本スポーツ振興センター理事長)の7名に加えて、世界的に著名な建築家のノーマン・フォスター(イギリス)、リチャード・ロジャース(イギリス)の2名が務めた。
 しかし、ノーマン・フォスター氏とリチャード・ロジャース氏は2次審査から加わるとしていたが、結局、一度も来日せず、JSCの担当者が作品のパネルや資料を持参してイギリス国内で別途、審査を行ったという。
 両氏の不誠実な姿勢には良識を疑うと共に、日本スポーツ振興センター(JSC)の杜撰な審査運営にも唖然とする。

新国立競技場 国際デザイン・コンクールの“キーワード”は、“「いちばん」をつくろう”と“FOR ALL”
以下出典 新国立競技場 国際デザイン・コンクール ホームページ

新国立競技場 国際デザイン・コンクールの“メッセージ”

取り壊された旧国立競技場   出典:日本スポーツ振興センター(JSC)

イベントも開催する多機能スタジアム 総工費は1300億円程度
 新国立競技場は、東京都新宿区霞ヶ丘町にある現在の国立競技場を解体した跡地につくる。観客席の収容人数を今の約5万4000人から8万人規模へと大幅に増やす。
 敷地面積も拡張して、現在の約7万2000平方メートルから約11万3000平方メートルに増やし、隣接する日本青年館を取り壊すほか、現在ある公園も敷地に加えた。
総工事費は解体費を除いて1300億円程度とした。
新競技場にはラグビーやサッカー、陸上競技の大規模な国際大会が実施できる最高水準の機能を求める。例えば、現在8レーンある陸上用トラックを国際規格の9レーンに増やすことなどを想定する。2019年に開催されるラグビーのワールドカップ、またFIFAワールドカップの開催も視野に入れた。
 さらに、コンサートや展覧会などのイベントの開催も可能にし、「芸術・文化の発信基地」を目指す「多機能スタジアム」がキーワードである。開閉式の屋根を設けて、大会やイベントが天候に影響されず開催できるようにする。芝生の育成に必要な太陽光や風、水、温度を調整できる機能も求めた。
 観客席は陸上競技を催す際に8万人を収容。ラグビーやサッカーでは選手と観客に一体感や臨場感が生まれるようにピッチに近い場所せり出す可動式の観客席も設置する。コンサート会場にも使える多機能型スタジアムとして、優れた音響環境も備え、屋根には遮音装置を備える。
世界水準の「ホスピタリティー」も要求する。バリアフリーはもちろん、バルコニー席が付いた個室の観戦ボックスや要人向けのラウンジ、レストランなどを整備する。大会やイベントを開催していないときでも来場者が楽しめるように、商業や文化施設を備えた競技場を目指す。
 新競技場の施設だけでなく、JR千駄ヶ谷駅や東京メトロ外苑前駅といった周辺駅から歩行者が快適にアクセスする動線の確保や、周辺に再配置する公園や公開空地についての提案も求めるのが特徴である。
 まさに、“未来への遺産・レガシー”を追い求めた“夢”のようなコンセプトである。
 完成すれば、東京の新たな“ランドマーク”になると期待も集めた。

 しかし、問題は、その“実現性”をどこまでプロポーザルに求めたかである。事業費および工期についての考え方も提出することにしていたが、その内容はA4版1枚、または1000字以内と定められていたという。
 「1300億円」の巨大建設プロジェクトの国際コンペの募集要項としては、“破格”に簡略な扱いであったと思われる。
 “デザイン・コンクール”なので、提案者にはデザインの卓越性だけを求めて、“実現性”は厳格に求めず、審査する側が検証するという姿勢だったのだろうか。それならば審査する段階で“実現性”を精緻に検証しなければならない。

ザハ・ハディド アーキテクスの作品    出典 新国立競技場 国際デザインコンクール 最優勝賞

46作品が応募 最優秀作品はザハ・ハディド氏のデザイン
 国際デザイン・コンクールの募集は、2012年5月30日に開始、9月25日に締め切られた。このような大規模な建築物の国際デザイン・コンクールとしては“異例”の約4か月間という短期間だったが、世界中から46作品が集まった。
 1次審査では、作品の匿名性を確保した上で、日本人の8人の審査員がそれぞれ推薦した作品について審査し、11作品に絞り込んだ。
 2次審査では、ノーマン・フォスター、リチャード・ロジャースの両氏も審査に加わり、10名の審査委員で投票を行い、上位作品について、「未来を示すデザイン性」、「技術的なチャレンジ」、「スポーツイベントの際の臨場感」、「施設建設の実現性」などの観点から詳細に議論を行った。
 その結果、Zaha Hdid Architecs、COX Architecture、SANAA(Seijima and Nishizawa and Associates)+Nikken Sekkeiの3つの作品に絞られた。
 3つの作品については、審査員の間で評価が分かれて、激しい議論が繰り広げられたという。そして再投票を実施したが、Zaha案とCOX案が同率で1位、決着がつかなかった。結局、審査委員長の安藤忠雄氏が最終的な判断を一任され、安藤氏はZaha案を選んだ。安藤忠雄氏は 「インパクトのあるデザインは、2020年東京オリンピック・パラリンピック招致の後押しになる」と強くザハ・ハディド氏の案を押したという。
 最優勝賞にZaha Hdid Architecs、優勝賞にCOX Architecture、入選SANAA(Seijima and Nishizawa and Associates)+Nikken Sekkeiを、審査員員会の総意として決定した。
  2012年11月15日、Zaha Hdid Architecsの作品が、最終的に「日本が世界に発信する力」や「実現性を含めた総合力」が評価され、日本スポーツ振興センター(JSC)は正式に決定した。
一方、建設費について強い懸念を表明した審査委員もいた。
 しかし審査会では、経費の問題については、「掘り下げた議論をすることはなかった」とし、「経費はまあなんとかなるだろう」と空気が支配的だったという。
 「予算1300億円」は曖昧にされたのは間違いない。拙速、杜撰というそしりは免れないだろう。
新国立競技場のデザインは、2013年9月の2020年オリンピック開催地を決めるIOC総会までに決める必要に迫られていた。2020年東京オリンピック・パラリンピック招致競争で“勝利”を収める切り札の一つしようとしたのである。
 2013年1月にIOCに提出した東京五輪招致ファイルに記載する必要があった。

ザハ・ハディド作品を選んだ審査委員会の責任
 審査講評では、Zaha Hdid Architecsの作品は、「実現性を含めた総合力」が評価されたとしているので、実現性も議論されたに違いない。実現性には、建築工法、工期、そして「1300億円」の総工費という条件がクリヤーできるかどうかも含まれていなければならい。審査では、総工費に懸念を示す意見を表明する審査員もいたが、結局、「1300億円」はほとんど“議論”されず、無視されていたようである。2020東京五輪大会は今世紀を代表する国家プロジェクトだから、経費は気にしなくても何とかしてくれるだろうという甘えが審査委員会を支配したいたと思える。「1300億円」ではとうていできないことを知っていながら、夢だけを語れば良いと思ったのだろうか?
 審査に加わった10名の内、都倉俊一氏と河野一郎氏を除く8名は、超一流の建築専門家である。応募作品を審査すれば、総工費がおおまかに1000億程度なのか、2000億なのか、3000億なのか位の見当は簡単につけることはできたと思うのが自然だろう。
 安藤忠雄氏は、記者会見で「『1300億円でいけると思っていたか?』という質問ですが、それが条件でしたけど、私自身はそんなに大きなものを造ったことがないですからね。『(そんなに)要るんだな、すごいな』ということぐらいしか思っていなかった」と述べている。
 これでは建築について素人の筆者とまったく同じレベルである。安藤氏は「世界一流」の建築家、唖然である。「世界一流」の看板が泣いている。
 基本設計に入ってからの経費問題の迷走は、専ら、文科省と日本スポーツ振興センター(JSC)にあるのはいうまでもない。しかし、安藤忠雄氏には、経費問題も耳に入っていたと思うのが自然だろう。これまで沈黙を守っていた責任は負うべきだと思う。