東京五輪2020に一石を投じた都政改革本部調査チーム 小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (1)

 

小池百合子氏 都知事選に圧勝 五輪開催経費の検証へ
最近では1兆、2兆、3兆と。お豆腐屋さんじゃない。五輪にかかるお金でございます」。東京都知事選に立候補した元防衛相の小池百合子氏は選挙期間中の街頭演説で聴衆にこう呼びかけた。
 2016年7月31日、東京都知事選が投開票されて無所属の小池百合子氏が初当選を果たした。小池氏は政党の枠を超えた幅広い支持を集め、自民党や公明党などが推薦する元総務相の増田寛也氏や、民進、共産、社民、生活の党と山本太郎となかまたちなど推薦が推薦したジャーナリストの鳥越俊太郎氏を大差で破った。
 女性知事は全国で7人目、東京都では初めて。既成政党の支援を受けない都知事の誕生は、1999年に石原慎太郎氏が鳩山邦夫氏(民主推薦)、明石康氏(自民推薦)らを破って初当選して以来となる。
 投票率は59・73%で、都心に大雪が降った2014年の前回(46・14%)を大きく上回り、得票は2,912,628票、圧勝だった。

 東京都知事選の初当選から一夜明けた1日午前、小池百合子氏は豊島区の事務所で記者会見を開き、公約に掲げた「都政の透明化」に向けた新組織を立ち上げる考えを明らかにした。東京五輪・パラリンピックなど都の事業に関する情報公開を進めるという。
 小池氏が選挙期間中に掲げたスローガンは「東京大改革」、2020年東京五輪・パラリンピックの費用問題や、都政や都議会の透明化に向き合うとしている。
 新組織の核となる「利権追及チーム」については、東京五輪・パラリンピックなどの都の事業を対象に、「内部告発を含め情報をいただく受け皿づくりを進めたい」と述べた。都政にからむ公私混同や利益誘導の有無をチェックする方針で、具体的な体制は今後検討するという。   
 とりわけ東京五輪の費用問題については、予算額が不明朗に膨らんでいるとして徹底検証に乗り出す考えを明らかにした。
 2020東京五輪大会の開催費用は立候補ファイルでは7350億円としたが、見積もりの甘さや工事費の高騰で経費は膨張し続けている中で、森喜朗組織委会長は「施設の建設や交通インフラの整備などで総額は最終的に2兆円を超える」と発言、舛添要一前都知事は「このままでは3兆円になる」と警告、「2兆円」、「3兆円」という言葉が飛び交っていた。
 小池氏は、「積算根拠を出していただき、都民の負担を明らかにしたい。都民のための都政を取り戻すため、五輪の予算負担は試金石になる」と宣言した。

都政改革本部を設置
 2016年8月2日、小池新東京都知事は、記者会見で、公約に掲げた「東京大改革」の実現に向け「最も重要なことは徹底した情報公開。知事主導であらゆる情報を『見える化』していきたい」と強調し、都庁などの組織、予算を見直す「都政改革本部」を設ける方針を示した。
 都政改革本部は都知事の私的懇談として設置して、知事を本部長に、都職員や外部の有識者で「調査チーム」を構成し、「情報公開調査チーム」と「東京オリンピック・パラリンピック調査チーム」の2つを設置する。
 「東京オリンピック・パラリンピック調査チーム」では、「オリパラ予算や工程表・準備態勢の妥当性」や東京都、大会組織委員会、国の役割分担を検討するとし、「情報公開調査チーム」では都の情報公開を実態調査し、情報公開のルールの見直しに取り組むとした。
 小池知事は「都政を都民ファーストで改善していく」と述べ、都や関連団体の業務や予算を点検し、事業見直しや廃止を含めた抜本策を検討し、9月下旬に開会する次の都議会までに中間報告をまとめる予定を明らかにした。

小池百合子東京都知事 出典 東京都 知事の部屋

都政改革本部第一回 2016年9月1日 出典 東京都 知事の部屋
小池知事、都政改革本部に5人任命 庁内の公的組織に
 8月12日、東京都の小池百合子知事は定例記者会見で、「都政改革本部」のメンバーに、大阪府・大阪市特別顧問の上山信一慶応大教授ら5人を任命すると発表した。当初は私的懇談会に位置付けていたが、「公的な意味合いを持たせて強力なものにしたい」と述べ、庁内の組織として立ち上げる考えを示した。
 メンバーに任命されるのは上山教授のほか、加毛修弁護士、小島敏郎青山学院大教授、坂根義範弁護士、須田徹公認会計士。上山教授は橋下徹・前大阪市長を支えた「維新ブレーン」の一人である。
 小池知事は5人の選定理由について「情報公開や自治体改革などに知見がある方。いろんな経験を積んでいる」と説明した。9月初旬の始動を予定しているという。
 本部の下には「情報公開調査チーム」と「東京五輪・パラリンピック調査チーム」を設置。五輪調査チームは大会組織委員会の予算も調査対象にするとした。

山信一慶応大教授 出典 Youtube/JCC
 慶應義塾大学総合政策学部教授 企業、政府、NPOの経営改革や地域開発、行政改革を手掛ける。
 2008年4月、大阪府特別顧問、2011年6月 - 12月、大阪維新の会政策特別顧問、2011年12月 、大阪市特別顧問となり、橋本徹氏や大阪維新の会の政策運営を支えた。
 上山氏の著書「大阪維新」は、地域政党・大阪維新の会の「基本的な考え方と指針」となり、大阪都構想の理論的支柱。
東京五輪費用「3兆円超」 調査チーム報告書 3施設見直し案 ボート・カヌー会場は長沼(宮城県)を提言
 「結果から申し上げると今のやり方のままでやっていると3兆円を超える、これが我々の結論です」
 2016年9月29日、2020年東京五輪・パラリンピックの開催経費の検証する都政改革本部の調査チーム座長の上山信一慶応大学教授はこう切り出し、大会経費の総額が「3兆円を超える可能性がある」とする報告書を小池都知事に提出した。
 大会経費は、新国立競技場整備費(1645億円)、都の施設整備費(2241億円)、仮設整備費(約2800億円)、選手村整備費(954億円)に加えて、ロンドン五輪の実績から輸送費やセキュリティー費、大会運営費などが最大計1兆6000億円になると推計。予算管理の甘さなどによる増加分(6360億円程度)も加味し、トータルで3兆円を超えると推計した。 招致段階(13年1月)で7340億円とされた大会経費は、その後、2兆円とも3兆円とも言われたが、これまで明確な積算根拠は組織委員会や国や東京都など誰も示さず、今回初めて明らかにされた。
 調査チームは「招致段階では本体工事のみ計上していた。どの大会でも実数は数倍に増加する」と分析。その上で、物価上昇に加えて、国、都、組織委の中で、全体の予算を管理する体制が不十分だったことが経費を増加させたと結論付けた。

都政改革本部 五輪調査チーム調査報告書 Ver.0.9 “1964 again”を越えて 2016年9月29日





「司令塔」不在
 上村座長は、「お金の管理ですが、そもそも一体いくらかかるのか誰も計算していない。内訳なども全く情報開示されず積み上げもどれだけされているのかよく分からない。都民の負担を考えるとこれでは際限なく各組織が良い仕事をすればするほど請求書が全部東京都に回ってくる」とし、「今回の準備体制は驚いたことに社長がいない、財務部長がいないという構造になっている。全体を『こう変えていこう』、『こうしよう』と先取りしてビジョンを出す役割の人が不在」とした。
 これまでは国、都、日本オリンピック委員会(JOC)、日本パラリンピック委員会(JOC)、大会組織委員会で構成する調整会議で準備体制が議論されてきたが、その調整会議がまったく機能を果たしていないと批判した。
 そして、「問題は国と都と組織委員会が別々に予算を管理する『持ち寄り方式』にある。総額に上限を定めた上で、国か都が予算を一元管理すべき」と提言した。
 また、東京2020大会のレガシーについて、「広義」のレガシーについては、2020年を契機に東京、日本、社会の在り方を見直す戦略の検討がなく、スマートシティ、ダイバーシティ、セーフシティなどの具体的なビジョンが見当たらないとした。
 そして、立候補ファイルで宣言した「復興五輪」の理念が希薄化していると批判した。
 小池都知事も「ガバナンスの問題が、結局、ここ一番、難しいところだと思っている。この辺も加速度的に進めていくためにガバナンスの問題は極めて大きな問題だ」と語り、東京都が主導権をとっていく姿勢を明確にした。

都政改革本部 五輪調査チーム調査報告書 Ver.0.9 “1964 again”を越えて 2016年9月29日

組織委、「3兆円」に異例の反論
 2016年11月、大会組織委員会は都政改革本部の「3兆円」の指摘に対して異例の反論を公表した。
▼東京都の都政改革本部の調査報告書では大会経費が「3兆円」としたが、この数字には具体的な積み上げがないため、現在、四者協議においては現段階の各分野ごとの積算を基に全体経費を積み上げながら、コスト縮減に向けた議論を行っている。
▼「約8000億円」をまとめたのは4年前で、運営の詳細はまだ決まっていない段階での経費の積み上げで、国際オリンピック委員会(IOC)の定めた規準に従って、一定の仮定で積算を行ったものである。また(当時)必要と想定されるものを積み上げた額である。
▼立候補ファイルは組織委員会ではなく、招致委員会が作成したもので、約8,000億円」という数字は、開催都市や国が行うインフラ投資や警備・輸送・技術経費等が基本的に含まれておらず、現在作業している全体経費との直接の比較は適当ではない。
 そして組織委員会は、全体経費(V1)は年内にも取りまとめを行う予定だとし、焦点はV1で説得力のある開催経費の総額を示すことができるかどうかになった。

 ロンドン大会では、招致段階では「8000億円」としてが、開催都市や国が行うインフラ投資や、輸送・警備等の経費が含まれておらず、最終的に「2.1兆円」となった。Tokyo2020の開催経費も、招致段階の「8000億円」と「3兆円」とは「異次元の数字」で比較すべきものでないと主張。
出典 Tokyo2020
 
3施設の整備見直しを提言
 ボート、カヌー・スプリント会場「海の森水上競技場」については、当初計画の7倍の約491億円に膨れ上がった経費に加えて、「一部の競技者が会場で反対している」「大会後の利用が不透明」だとして、宮城県長沼ボート場を代替地に提言した。「復興五輪」の理念にも合致するとしている。
 観客席2万席で設計した水泳会場「オリンピックアクアティクスセンター」は、大会後に74億円という巨額の経費をかけて5000席に減築する計画を疑問視し、規模縮小や近くにある「東京辰巳国際水泳場」の活用の検討を提言した。
 バレーボール会場の「有明アリーナ」は、規模縮小のほか、展示場やアリーナの既存施設の活用を提案した。
 仮設施設整備については、約2800億円に膨れ上がった整備について、国や組織委、東京都の費用負担の見直しにも言及し、都内に整備する仮設施設の内、最大1500億円は都が負担し、都外については「開催自治体か国」が負担するよう提言した。
 さらに東京都は、組織委に58億5000万円の拠出金を出し、245名もの東京都職員を出向させていることから、組織委を「報告団体」から「管理団体」にすることを求め、都の指導監督を強化する必要性も指摘した。
 これに対し、9月29日、森組織委会長は、文部科学省で開かれた東京五輪・パラリンピックの調整会議で、東京都の調査チームの報告書に言及した小池百合子知事に対し、大会組織委員会の森喜朗会長は強い不快感を示した。「IOCの理事会で決まり総会でも決まっていることを日本側からひっくり返すということは極めて難しい問題」と述べた。
 また海の森水上競技場については、「宮城県のあそこ(長沼ボート場 登米市)がいいと報道にも出ているが我々も当時考えた。しかし選手村から三百何十キロ離れて選手村の分村をつくることはダメなことになっているし経費もかかる。また新しい地域にお願いしてみんな喜ぶに決まっているが、金をどこから出すのか。東京都が代わりに整備するのか。それはできないでしょう法律上」と語った。
 組織委の武藤敏郎事務総長も、都の影響力の背景となっている都の出資金58億5千万円のうち、57億円を返還する意向を表明した。
 森氏は閉会後、別室で待機していた報道陣のもとに自ら歩み寄り、予定にはなかった取材に応じた。「独断専行したら困る」「われわれの立場は東京都の下部組織ではない。都と民間、みんなで作り、内閣府に認可された組織だ。都知事の命令でああせいこうせいということができる団体ではない」。静かな口調ながら約20分間、怒りをぶちまけた。
 また「三兆円超」とする開催費用の推計については、「『一兆だ二兆だ三兆だと豆腐屋ではあるまいし…』といった選挙の時に使うような言葉を、公式な議論で出すべきではない」と憮然として述べた。
 2カ月近く前の8月9日、知事に就任したばかりの小池氏と森氏は笑顔で握手を交わし、開催費用を削減していく方向で協力していくことで一致した。だが、小池氏は組織委への監督・指導を強め、会計監査に踏み込む手段を選び、次々と先手を打つ。
 「出資法人である組織委員会を調査対象といたしました」。8月29日に小池氏は森氏に対して文書で通知し、その後に発足した調査チームが組織委幹部にヒアリングを実施。さらに都の組織委への出資比率が97・5%に及んでいることや、組織委の職員の3割超を都の派遣組が占めることに着目し、水面下でより強い監督権限を持つ「監理団体」になるよう要請した。小池氏の狙いは「組織委から権限を取り戻す」ことである。
  この日の都政改革本部に提出された調査チームの報告書には「組織委は司令塔になりにくい」と明記した。座長の上山信一慶応大教授は組織委が最終的に赤字になれば都と国が損失を補填することを踏まえ、「各組織が良い仕事をすればするほど、請求書が全部都庁に回ってくる」と皮肉った。
 小池氏は報告書の内容について「組織委がIOCなどとの調整に汗をかいてこられたので総合的に考えていきたい」と述べ、「負の遺産を都民に押しつけるわけにはいかない」締めくくった。
 もともと小池東京都知事と森喜朗大会組織委会長は「犬猿の仲」、以降、小池東京都知事と森喜朗大会組織委会長との間で激しいバトルが繰り広げられる。

海の森水上競技場 東京都オリンピック・パラリンピック準備局
オリンピック アクアティクスセンター 東京都オリンピック・パラリンピック準備局
有明アリーナ 東京都オリンピック・パラリンピック準備局
ボート・カヌー会場見直し 3案に絞り込み検討 彩湖は除外
 ボート・カヌーの会場について「海の森水上競技場」を現在の計画どおり整備するだけでなく、大会後に撤去する仮設施設として整備することを新たな提案として加え、宮城県のボート場に変更する提案とともに、3つの案に絞り込んで検討を進めることを明らかにした。
 1案は、海の森水上競技場をコストを削減したうえで現在の計画どおり恒久的な施設として整備するという案、2案は、海の森水上競技場を大会後に撤去する仮設施設として整備する案、3案は、宮城県登米市にある「長沼ボート場」に変更する案でこの3つの案に絞り込んで検討を進めているとした。
 また調査チームは、これまで候補地として提案していた埼玉県の彩湖については、洪水や渇水対策のための調整池であり、国土交通省の管轄のため難しいという見解を示し、検討をすすめる候補地から除外するとした。
 都政改革本部の上山信一特別顧問は「海の森水上競技場は工事が始まっているので明らかに本命であるが、今回はそれ以外も考えようとしている。アスリートの声は大前提として重要だが、実現可能性の確率が高く、時間がかからないことが絶対的な条件だ」と述べた。
 さらに都の調査チームは、3つの案について、公表されている資料を基に、整備費用などを示した。
 「海の森水上競技場」を現在の計画どおり、恒久的な施設として整備する場合は、都がコストを見直した結果として300億円前後とする試算に加え、観客席など仮設の設備のための整備費用が加わるとしている。
 経費削減のために「海の森水上競技場」を大会後に撤去する仮設施設として整備する案も検討し始め、どのような施設にするかなどについて、チームで精査している状況とした。
 宮城県の「長沼ボート場」に変更する場合は、県の試算として150億円から200億円としている。
 調査チームでは、今後の課題と必要なアクションとして以下の項目を上げた。
▼海の森競技会場のコスト削減、レガシー収支改善の再検討
例:水位維持のための恒久的な締切堤、遮水工は必要か? 例:仮設化によるコストダウンは可能か?
▼ボート協会(NF)と都オリンピックパラリンピック準備局による具体的なレガシーとしての需要予測の精査
例:ボート施設利用競技団体、利用者予測は? 例:恒久施設としてのランニングコストと収入予測は?
▼代替候補地の再検討
例:候補会場の整備費用、大会後のランニングコストと収入予測は? 例:仮設シナリオの場合コスト試算の再検討 (高額な仮桟橋設備は本当に必要か?等)
 調査チームでは建設費や、大会後にレガシー・遺産として残るか、大会後に必要な維持費も検討したうえで、さらに詳細な報告書を小池知事に提出して判断材料にしてもらうとしている。

アイエス総合ボートランド(宮城県長沼ボート場)  宮城県登米市
延長2000m、幅13.5m、8コース  (日本ボート協会A級コース認定)
都政改革本部 五輪調査チーム調査報告書 Ver.0.9 “1964 again”を越えて 2016年9月29日



猛反発した大会組織委員会、国際ボート連盟
 都政改革本部の調査チームは調査報告書のこうした提言に対し、激しい反発が起きた。
 森組織委会長は、「IOCの理事会で決まり総会でも決まっていることを日本側からひっくり返すということは極めて難しい問題」と述べ、海の森水上競技場については、「宮城県のあそこ(長沼ボート場 登米市)がいいと報道にも出ているが我々も当時考えた。しかし選手村から三百何十キロ離れて選手村の分村をつくることはダメなことになっているし経費もかかる。また新しい地域にお願いしてみんな喜ぶに決まっているが、金をどこから出すのか。東京都が代わりに整備するのか。それはできないでしょう法律上」と否定的な考えを示した。
 10月3日、海の森水上競技場の視察に来日していた国際ボート競技連盟のロラン会長は、視察後、「(海の森水上競技場は)ボート会場には適切だ。非常に満足しているし、このプロジェクトにも満足だ。今のところ、1つのプロジェクトしか存在しない」と述べた。さらにロラン会長は、「立地もよく、検討すべき点もあるが、最良ということで決定され、現在の準備状況に満足している」と強調した。
 その後、ロラン会長は小池都知事と会談し、小池都知事は「都政改革を訴えて今回の知事選に当選をした私として、もう一度オリンピック・パラリンピックにかかる経費、そしてまた、さまざまな環境整備を見直すべきではないか、実はこのことを訴えて知事になったようなものだ。費用の見直しについての世論調査は、80%以上の方が見直しということに賛成をしている。東京オリンピック・パラリンピックを成功させる最善の方法を見出すことを短期間で努めたい」と述べた。
 これに対し、ロラン会長は「直前に海の森から変わるかもしれないと報道で知って驚いた。承認済みのことに関して、我々に事前に相談がなかったことが残念。なぜこうなったのか深く知りたい」と不快感を示した。
 そして「決定ではなくこれから検証段階であると聞いたが、これは非常に重要なことだ。この報告書は第1ステップであり、報告書を改善するための手伝いをしたい。一部分だけでなく、すべての要素を全面的に検討して結論を出してもらいたい」とけん制した。長沼ボート場に変更する案については、「競技会場は、いろいろな基準を満たさないといけないが、東京から遠く、アスリートにとってベストの経験にならないのではないか。2年前にIOCや東京都などが調査をして専門家がまとめた分析では、宮城開催が将来にわたって地元によい効果をもたらすのかという点で、ほかの候補地に比べて評価が低かった」とした。
 また日本ボート協会の大久保尚彦会長は、「長沼(ボート場)、あまりにも田舎だからどんなコースを作ったって、後を使うかという可能が非常に小さい。単に東北復興支援ということでは本当にワンポイントになってしまう。将来のレガシーにまったくならない。私はまだまったく理解できない」と強く反発している
 一方、IOCのバッハ会長は、東京五輪の開催費用の増加について、「東京における建設費の高騰はオリンピック計画だけでなく、東日本大震災からの復興など、そのほかの理由もあるだろう」とし「建設的な議論をしたい」として柔軟に対応する姿勢で、今後東京都や組織委員会と協議を始める意向を示した。
 報告書の提案を実行していくためには、国際競技団体や国際オリンピック委員会(IOC)の承認を受け直す必要がある上に、海の森水上競技場にこだわっている国内の競技団体や大会組織委員会、そして国などとの調整も必要で、実現には難関は多いと思われる。
 小池都知事は難しい決断を迫られた。

小池都知事 村井宮城県知事と会談 海の森水上競技場見直し
 海の森水上競技場の建設を中止して、長沼ボート場開催に小池都知事は強くこだわった。五輪改革のシンボルにしようしたむきがある。
 2016年10月12日、小池都知事は海の森水上競技場の見直しを巡り村井宮城県知事と会談した。村井宮城県知事は、都政改革本部が宮城県登米市の長沼ボート場を代替候補地として提案したことを歓迎するとしたうえで、長沼ボート場での開催へ協力を求めた。
 会談では、村井氏は用意していた資料を差し示して説明しながら、東日本大震災の仮設住宅をボート・カヌー競技選手の選手村として再利用することや、整備中の自動車道による交通アクセスの確保、大会関係者の宿舎に近隣のホテルを活用するなどの計画を示した。 また高校総体のボート会場として毎年活用したいという構想も明らかにした。
 会談後、村井宮城県知事は、「被災者の皆さまと話をすると忘れ去られてしまう記憶の風化が非常に怖いとおっしゃる。2020年はちょうど震災から丸10年、多くの皆さまに来ていただいて改めて被災地の復興した姿を見ていただき、改めて被災者を激励してもらいたい」と語った。
 会談終了後、小池知事は、「選択肢としての一つだが、思い入れは十分に受け止めた」と述べた。
 
 これに先立ち、村井宮城県知事は前オリンピック・パラリンピック担当大臣で組織委員会理事の遠藤利明氏や武藤敏郎事務総長と会談した。
 会談では、組織委が長沼ボート場について9つに課題を指摘した。
▼選手村の分村の設置
長沼ボート場は東京・有明地区の選手村から遠距離にあるため、選手村の分村の設置が必要で、オリンピックで1300人以上、パラリンピックで250人以上の宿泊施設を用意しなければならない。仮設住宅の転用で対応すると、パラリンピックの選手に使ってもらうためには利便性に課題が残る。
▼パラリンピックへのバリアフリー対応
 競技会場には車いすの選手が利用できる間口の広いトイレや、すぐ横にシャワースペースも必要になるとし、会場についても高低差10メートルほどの斜面もあり、パラリンピックの開催に適さない。
▼輸送に難あり
仙台から85キロあり、パラリンピックの選手に負担が大きく、最寄り駅の1つにはエレベーターやエスカレーターがない。
▼会場に斜面が多く、整備が困難
 会場周辺は斜面が多く、放送設備を置くためのスペースの確保などが難しく、周辺道路も狭い。
▼電力通信インフラが未整備
国際映像を配信するための電力や通信関係のインフラが整備されていない。
▼観客や大会関係者の宿泊施設不足
▼選手の移動などに負担大
 空港から距離があり、選手の移動に負担がかかることや、カヌーはスラロームとスプリントが別の会場で実施されることになるためコーチなどスタッフの対応が難しくなる。
▼整備経費増大の可能性
都政改革本部の調査チームの試算ではおよそ350億円とされているが、バリアフリー化や電力・通信、宿泊関係などにかかる費用が含まれていないので整備経費は更に膨れ上がる可能性がある。一方、海の森水上競技場はコスト削減の余地があり結果的に低コストになるのではないか。
▼レガシー(遺産)が残らない
 会談後、遠藤理事は、「東京都を含めてそれぞれの組織や団体が時間をかけて丁寧に精査し、現在の計画が最良の場所だと決めた。その中でIOC=国際オリンピック委員会などの理解を得られるのかどうか、難しい課題がいっぱいある。問題点のうち、いくつかはすでにクリアしているということだが、いちばん大きい問題は、現地で負担する費用の問題だと思う」と述べた。

 これに対して村井宮城県知事は「組織委員会は消極的で『しょせん無理だ』という感じだった。長沼のボート場でできない9つの理由を挙げていたが、すべてクリアできると考えている」として、▼選手や大会関係者、1300人の宿泊施設は空いている仮設住宅を改修して整備、▼会場内にバリアフリー対応の道路を整備、▼長沼では毎年2万人が来場するマラソン大会を開催しており、輸送には実績、▼観客の宿泊施設は隣接する仙台市や南三陸町のホテルで対応、▼選手の移動の負担は、成田空港からの乗継便や新幹線を利用することで軽減可能、▼高校総体の会場とするなどレガシーにすると反論した。
 そして「1000年に一度と言われる震災から立ち直ったのだから、やる気を出せば4年あればできる。できない理由よりもやれる方法を考えるべきで、森会長のリーダーシップに期待したい」と述べた。
 
小池都知事 長沼ボート場視察
 2016年10月15日、小池都知事は宮城県登米市の南方仮設住宅と長沼ボート場を視察した。
 小池知事は、村井宮城県知事と共にボート選手の宿舎を想定してリフォームした南方仮設住宅を訪れ、その後、長沼ボート場に到着した知事は、ボートに乗船し水上からボート場の視察した。
 視察を終えた知事は、「被災地で使われた仮設が、今度はオリンピック・パラリンピック用によみがえるというのは、一つの大きなメッセージになりうる。調査チームの分析も進んでおり、今日の現地視察をベースに、東京都としての選択をしっかりと定めていきたい」と述べて長沼開催に意欲を示した。
 「無駄遣い」のシンボルとなってきた海の森水上競技場の建設を中止して、五輪改革の成果としようとする小池都知事の姿勢をアピールして国際オリンピック委員会(IOC)や大会組織委員会に揺さぶりをかけた。
 しかし、海の森水上競技場の建設を中止すると、工事担当企業への補償や原状復帰工事費などで約100億円が必要となることが明らかになり、長沼ボート場に移転しても経費削減には余りつながらないとして、海の森水上競技場の経費を削減して現状通り整備する方向が有力となっていた。

ボートに乗船して長沼ボート場を視察する小池都知事と村井宮城県知事 出典 東京都 知事の部屋

雲消霧散「復興五輪」
 2013年9月7日、2020夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会がブエノスアイレスで開かれ、各都市の最終プレゼンが行われた。 
 最終プレゼンの冒頭では、高円宮妃久子さまが「震災復興支援へのお礼」を述べ、続いて被災地の宮城県気仙沼市出身のパラリンピアン、佐藤真海選手も「復興におけるスポーツの力」を訴えた。
 招致委員会は、東京大会の開催意義について、復興に向かう姿を世界に発信する「復興五輪」を前面に押し出して、大会招致を進めていた。
 しかし、総会の直前、7月に福島第一原発から大量の高濃度放射線汚染水がタンクから漏れるという汚染水事故が発生していたことが明らかになり、各国から東京開催を危ぶむ声が激しく沸き上がっていた。
 安倍首相は、最終プレゼンで、汚染水問題は「アンダーコントロール(管理下にある)」と懸念払拭に懸命になるという一幕もあった。
 結果、競争相手のマドリードとイスタンブールに圧勝して、東京大会開催を勝ち取った。

 政府は、東京大会を「復興五輪」と位置付け、2015年11月に、「大会の準備・運営に関する基本方針」で「復興五輪」を明文化して閣議決定をし、国や組織委員会は「復興五輪」繰り返し強調した。2020年度は、政府が復興の総仕上げと位置づける「復興・創生期間」の終了年度でもある。
 しかし、開催準備が進む中で、「復興五輪」は雲消霧散してしまっている。
 カヌー・ボート競技会場の見直し問題で、小池都知事は「復興五輪」のコンセプト重視を訴えた。「スポーツの力で被災地を元気にする」という「復興五輪」の理念が問われた。

 2015年1月23日、大会組織委員会(森喜朗会長)は、大会開催基本計画を決めた。
 基本計画では、開催のスローガンとして““DISCOVER TOMORROW”を掲げ、大会ビジョンの3つのコンセプト、「全員が自己ベスト」、「多様性と調和」、「未来への継承」を示し、アクション&レガシープランの基本理念を示した。そして「2020年は市場最もイノベーティブで、世界にポジティブな変革をもたらす大会」を目指すと宣言した。
 この基本理念に基づいて、(1)スポーツ・健康(2)街づくり・持続可能性(3)文化・教育(4)経済・テクノロジー(5)復興・オールジャパン・世界への発信-を「5本の柱」とし、地域スポーツの活性化やスマートエネルギーの導入、東日本大震災の復興状況の世界への発信などに取り組むとし、アクションプランのロードマップも明らかにした。
 「5本の柱」の内、(1)から(4)は、ありふれた内容でまったくインパクトもないし、なぜ2020年に大会を開催するのかその意義を理解するのはまったく困難である。
 唯一、具体的で内容が明確なのは、(5)復興・オールジャパン・世界への発信だろう。「復興五輪」は大会開催意義の重要な柱であることを忘れてはならない。
 カヌー・ボート競技会場の見直し問題をきっかに「復興五輪」というスローガンにどう取り組むのか、もう一度、考え直す契機にすべきであると考える。「復興五輪」への取り組みを牽引するのは、組織委員会や都ではなくて国であろう。丸川五輪相は、組織委員会や都の取り組みに委ねるのではなく、主体的に「復興五輪」に向けて手腕を発揮する責任がある。

アクション&レガシープラン 2020東京五輪大会組織委員会

「杜撰」の象徴 海の森水上競技場
 海の森水上競技場(スマート施設)や海の森クロスカントリーコース(仮設)が建設される「海の森公園」は、東京湾の埋め立て地の突端、中央防波堤内側の埋立地に東京都が整備している。この埋め立て地は、昭和48年(1973年)から昭和62年(1987年)にかけて1230万トンのごみで埋め立てられ、建設残土などで表面を覆って高さ約30メートルの「ごみ山」を造成した。
 この「ごみの山」に苗木を植えて、緑あふれる森林公園にして東京湾の玄関口にふさわしい臨海部のランドマークにしようとするのが「海の森プロジェクト」である。「東京らしいみどりをつくる新戦略」を掲げて「水と緑のネットワーク」「海辺の回廊」の新たな拠点として位置付けた。工事は東京都港湾局が2007年に始めた。広さ約88ヘクタール、日比谷公園の約5.5倍の広大な面積に約48万本の木々が植えられる計画である。
 苗木は、市民や民間企業からの募金で購入するほか、小学生や苗木づくりボランティアがドングリから育てたシイの木やスダジイ、タブノキ等の苗木、24万本をこれまでに植樹した。
 「海の森プロジェクト」の賛同者には建築家の安藤忠雄氏、石原慎太郎元都知事、高島直樹都議、江東区の山崎孝明区長、大田区の松原忠義区長、アルピニストの野口健さんらが名を連ねた。
 「海の森公園」のある中央防波堤埋立地(約500ヘクタール)は、江東区と大田区が帰属を主張して互いに譲らず、訴訟になっていたが、2019年10月、江東区に帰属するということでようやく決着した。
 しかし「海の森公園」エリアは、東京湾の埋め立て地の再突端、1年中、海からの強風が吹き、砂ぼこりが舞い上がる。また羽田空港への離発着コースの真下にあるため航空機の轟音が4、5分間隔で響き渡る。周辺の道路は、港湾施設に向かう大型トラックで溢れている。周辺には建設発生土再処理センターや粗大ごみ処理施設などのほかに建物がなく、荒涼とした光景が広がっている。「公園」が整備される環境としては決して良好とは言えない。
 また交通アクセスの悪さも指摘され、「陸の孤島」とされている。最寄りの駅のりんかい線「東京テレポート駅」まで約4.5キロ、自家用車やバスでの移動になるが、今の所、路線バスは運行されていない。平日は誰も訪れる人はなく、休日でも490台の駐車場は閑散としている。
 東京都では、2020東京五輪大会を開催するにあたって、海の森水上競技場や海の森カントリーコース、海の森マウンテンバイクコースをこのエリアに整備して「海の森プロジェクト」に弾みをつけることを狙った。 その中核として位置づけたのが海の森水上競技場である。
 当時の開発関係者の間では「あの場所の開発ありきで進んだ話。政治的に決着している場所」と囁かれていたという。

 「海の森プロジェクト」が掲げた高度成長期の「負の遺産」を「レガシー」(未来への遺産)に変えようというコンセプトは、筆者は大いに評価したい。
 ところが、海の森水上競技場は迷走に迷走を重ねて2020東京五輪大会の競技場整備計画の「杜撰さ」の象徴となり、海の森マウンテンバイクコースは経費削減で建設が中止された。海の森カントリーコースは仮設施設なので大会終了後は取り壊される。
 東京都では、大会後の「海の森公園」エリアは、海の森水上競技場を中核にして水上スポーツや水上レジャー・イベントが楽しめる市民の憩いの場としたいとしているが、都心部からの交通アクセスが悪い上に、エリアにはレストランや商業施設もなく、殺伐とした風景が広がっている。市民の憩いの場というには余りにも寂しい光景だ。
 海の森水上競技場は、もともと水路だった場所に、水門を設置して護岸工事を行い、波を防止する消波装置を備えた大規模な工事で建設される。海水で建物の腐食が進むことから維持管理費はかさむ。大規模な国際大会を開催するとしているが、誘致できる保証もない。イベント開催も参加者が余り見込めないためほとんど可能性がない。
 海の森水上競技場は、「臨海部のランドマーク」どころか、「負の遺産」になる懸念が強まった。

海の森公園 海の森カントリーコースが仮設で整備される 後方は東京ゲートブリッジ 出典  東京都
中央防波堤外側の埋立地では現在も埋め立てが続いいる 出典 東京都環境公社

バレーボールの横浜アリーナ開催を本格検討
 都政改革本部の調査チームが、バレーボール会場を「有明アリーナ」から既存施設の「横浜アリーナ」(横浜市)に変更する案について本格検討に入ったことが明らかになった。有明アリーナの整備費は400億円を超すと試算されており、変更で大幅なコスト削減が実現すれば、小池百合子知事の五輪改革の象徴例になりそうだ。
 有明アリーナはメインアリーナに客席1万5千、サブアリーナにコート2面を確保する計画で、整備費は招致時の176億円から2.3倍の404億円に膨れ上がっている。
 都政改革本部の調査チームの報告書では、バレーボールについて北京、ロンドン、リオデジャネイロの3大会で既存施設が活用されたことを挙げた上で、東京大会でも既存の展示場・アリーナの改修などでの対応も検討すべきだと提案、既存施設の具体例として横浜アリーナやパシフィコ横浜(横浜市)などを挙げた。
 この内、横浜アリーナが移転先として最有力視され、都政改革本部の試算では7億円程度の改修費で開催が可能という試算を出している。
 横浜アリーナは、新横浜市に隣接している観客席1万3000席の多目的アリーナで、音楽コンサート、アイススケートショー、スポーツ・文化イベント開催などで高い評価を得ている。過去にバレーボールの国際大会の開催実績もある。
 しかし、繁華街にあるため、五輪大会などの大規模な競技大会を開催をするためにはスペースが少ないのが欠点である。
 バレーボールの五輪大会を開催するためには、国際オリンピック委員会(IOC)や国際バレーボール(FIBV)の基準では、観客席1万5000席以上、ウオーミングアップ・コート2面以上が必要としている。横浜アリーナは、観客席が1万3000席、ウオーミングアップ・コートは1面なので、拡充・改修工事が必要となる。またメディア施設などの仮設施設や駐車場を整備するスペースを新たに確保する必要があり、周辺の民有地の使用が必須となる。警備上の問題も難問である。アリーナ周辺地域を封鎖する必要があり施設や住民の理解を得なければならない。
 これに対し、日本バレーボール協会の木村憲治会長は、国際大会開催には客席1万5千以上の施設が必要と強調し、「当初案通り、五輪基準の体育館を用意願いたい」とし、国際バレーボール連盟は「有明会場は最も費用効果が高い。変更案が大会成功に悪影響を与えることについて懸念している」と声明を出した。またバレーボールを含めて9競技団体が加盟している日本トップリーグの川淵三郎会長は「夢と希望を与えるアリーナが子供たちと選手にどれだけレガシーになるかを理解してほしい」として見直し手撤回を求めた。
 横浜市の林文子市長は、9月30日の記者会見で「(都側から)実際に正式な申し出があれば、私どもはもちろんしっかり検討してご協力していきたい」述べたが、競技団体が足波を揃えて移転反対を唱えている中で、「時間も短く、競技団体の理解を得るのはかなり難しいというのが私の考えだ」として、誘致に否定的な姿勢を示した。
 小池都知事は、報告書を受けて、都が整備を進めるボート会場など3施設の抜本的見直しや国の負担増、予算の一元管理などを推し進めるとしているが、各提案を実行するには、国際競技団体や国際オリンピック委員会(IOC)の承認を受け直す必要がある上、国や大会組織委員会などと調整が必要で、実現には難関は多い。
 「五輪改革」を高らかに宣言して五輪準備体制の主導権を握ろうとした小池都知事、果たして実績として何を上げられるか、その手腕が問われることになった。

都政改革本部報告書の要旨
(読売新聞 2018年 9月29日)

 【基礎事実の確認】
 ▽組織委員会が負担しきれない分の財政責任は、開催都市の東京都が負う。最終的な財政保証は国が負う
 ▽競技施設には、都、国、他自治体、民間団体が所有するものを活用する。不足分は各機関が恒久施設を新設するほか、組織委が「仮設施設」を建設する
 ▽都が負担する費用は、組織委への寄付(58・5億円)、恒久施設の建設、警備や輸送インフラなどの経費、組織委が資金不足に陥った際の補填(ほてん)
 【調査でわかったこと】
 ▽今のままでは開催総費用が3兆円を超える可能性
 ▽費用の大半は警備、輸送、広報などソフトの経費で、残りの約4割は施設投資などのハードの経費
 ▽ハードの経費のうち見直しの余地があるのは、〈1〉都が新規につくる七つの恒久施設(計2241億円)と〈2〉組織委の仮設施設(計約2800億円)の計約5000億円
 〈1〉について、多くは既に着工済みだが、他県への立地や既存施設の改修の可能性を探るべき。特に以下の3施設は対応を急ぐべき。
(1)海の森水上競技場=宮城県への移転の可能性を探り、できない場合は仮設に(2)アクアティクスセンター=辰巳水泳場の改修を検討。無理な場合は規模を縮小(3)有明アリーナ=既存の展示場・アリーナの改修で対応できる可能性。無理な場合は規模を縮小し、不足分は仮設で対応
 〈2〉について、立候補ファイルでは組織委の分担だが、非現実的。組織委、都、国や他自治体も参加し、分担ルールを検討すべき
 ▽都は地方自治法や都民への説明責任の立場から、組織委の出費、投融資のあり方や経営全般のあり方を指導、監督すべき
 【都の施設建設】
 ▽(2012年に五輪が開催された)ロンドンと比較し、臨海部に各施設が散在し、輸送と警備のコストがかさむ。ほとんどが駅から遠く、都民の後利用には不便
 ▽競技団体の要請や時間的制約などの理由で、他の場所への立地や既存施設の改修などの代替案に関する調査が不十分であった可能性が高い
 ▽恒久施設は軒並み座席数が過剰
 【課題】
 ▽施設のあり方の見直しには、組織委のほか、国際オリンピック委員会(IOC)や国際競技連盟(IF)などでの協議が必要
大会組織委員会の「管理団体」化を求める小池都知事 猛反発する森喜朗会長
 9月29日、小池都知事は、2020東京五輪大会の調整会議で、組織委員会を「報告団体」から「管理団体」にすることを求めた。「組織委員会は都の外郭団体で都政改革本部の調査対象となる」と述べ、組織委員会対し指導監督を強化して、事業・収支を必要に応じて調査に入るとした。 東京五輪の運営体の主導権を東京都が掌握しようとするものである。
 これに対し、森組織委会長は、猛反発した。
「我々の立場は東京都の下部組織ではない。これは何度も前にこう仕上げたと思うが内閣府で認可されている。東京都知事の命令でああしろ、こうしろということができる団体ではない」と述べ、東京都が拠出している57億円を返却する(武藤事務総長)とした。
「管理団体になるのがいやというわけではない。営業努力でお金がたまったから返す」と事実上の“開戦”宣言をした。
関係者によると、森氏の意向を受けた武藤氏が数日前、小池氏と秘密裏に会談して57億円の返還を打診した際、小池氏は「だったら人も返してくれるの?」と突き放したとされる。(2016年9月29 日 産経新聞)
 森組織委会長は、リオデジャネイロ五輪に出席した際に、記者団に対して、「(小池都知事の)ご意向を僕は聞く必要はないだろう。知事の下請けでやっているわけはない。私はボランティアでやっている。奉仕のつもりでやっているのだから。それをお汲み取り頂けなければ考えなければならない」と述べている。
 その後、知事に就任したばかりの小池氏と森氏は笑顔で握手を交わし、開催費用を削減していく方向で協力していくことで一致し、表面上は協調姿勢を装った。しかし、小池氏は組織委への監督・指導を強め、会計監査に踏み込む方向で、次々と先手を打っていたのである。
 森喜朗会長として、小池都知事の“配下”に入るのは到底、耐えられないということだろう。それなら東京都の拠出金57億円を返還すると抵抗した。森喜朗会長の小池都知事に対する激しい反発が窺われる。
 しかし、小池都知事は「“負の遺産”を都民におしつけるわけにはいきませんので」として、一歩も引く気配はない。
 「都民ファースト」を掲げ五輪開催計画の見直しを求める小池都知事、主導権をあくまで確保したい森組織委会長、激しいつばぜり合いが激化した。

小池百合子都知事と森喜朗組織委会長

組織委員会は東京都とJOCが出資している公益財団法人
 開催都市(東京都)と国内オリンピック委員会(日本オリンピック委員会 JOC)は、国際オリンピック委員会(IOC)とオリンピック憲章に基づき「開催都市契約」を結び、大会の準備及び運営を委ねられて、組織委員会を設立することが求められことになっている。
2014年1月24日、東京都と日本オリンピック委員会は、それぞれ1億5千万 円を「出えん」し、一般財団法人として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会を設立した。
 組織委員会は設立後当初、数年間は収入が見込めないため、財団法人をしても存続条件の「2事業年度連続で 純資産が300万円未満の場合解散となる」をクリヤーして、安定的な運営基盤を確立するために、2014年6月、東京都が57億円を追加で「出えん」して、組織委員会の基本財産を積み増した。
その後、行政改革の一環として、財団法人と公益法人を分離して、整理を行う「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律)」が施行され、組織委員会は、公益認定の手続きを行い、2015年1月1日、公益財団法人に認定された。

 東京都が拠出している58億5000万円については、1億5000万円が「出資」、57億円が「寄付」のカテゴリーの「出えん」である。(下記 表を参照)
 「出えん」とは、「財団法人の設立行為となる基本財産に財産を拠出すること」で、「通常の出資の場合に認められている株式、持ち分等の地位を取得することはなく、寄付の性格を有する」とされている。
 「出えん」を受け入れる財団法人は、基本財産に組み入れるので、“出資”の性格を持つ拠出金で、「株式、持ち分等の地位を取得」しないが、“出えん”は緩やかな事実上の“出資”の意味合いを持つと考えるのが妥当だろう。
 東京都は組織委員会に対し、事実上97.5%を“出資”しているのである。

都政改革本部 東京都総務局
組織委員会は東京都の関与が弱い「報告団体」
 東京都は、「都が基本財産に出資等を行っている」または「都からの財政的支援又は人的支援が大きい」団体のうち、東京都が指導監督を行う必要がある団体を「監理団体」としている。
 しかし、国や他の団体による関与が強く、都が指導監督する範囲が狭いなどの団体に対しては、監理団体として指定しない適用除外規定を設け、より指導監督権限の緩やかな「報告団体」とする規定を設けている。
東京都は、都が基本財産に「出えん」し、東京都の職員の派遣など都からの人的支援が継続的に行われることなどから、「監理団体」の要件に該当するものと当初はしていた。
 しかし、組織委員会の設置がIOCに義務付けられていることやオリンピッ区検証やIOC・NOC・開催都市の間で取り交わす合意書の存在や、IOC理事会の指示に従い全ての活動を進めるとされているため、組織委員会の事業活動に対してIOC等から非常に強い関与があることなどから「監理団体の適用除外規定」にあたると判断し、最終的に「報告団体」として整理した。

東京都は「報告団体」や「管理団体」に何をするのか
 東京都では、自律的経営の促進を目的に指導監督を行う「監理団体」と、自らの経営責任のもと自主的な経営を行う「報告団体」に対して、それぞれ指導監督スキームを整理している。

◆「監理団体」と「報告団体」は、団体運営の状況を把握するため、年1回、役員・管理職名簿、事業計画・予算書、事業報告・決算書等を提出求められる。

◆組織委員会については、「報告団体」とされ、毎年度、役員・管理職名簿、事業計画・予算書、事業報告・決算書等を提出させることで東京都は団体運営の把握に努めることにとどまっている。
 年1回程度とされているため、さまざまな団体で行われている事業報告・会計報告といった極めて“緩やかな”指導監督スキームである。

◆「監理団体」に対しては、組織・職員等の調整など組織に関する関与のほか、情報公開やセキュリティ対策の実施、また、必要に応じて団体運営に係る事業及び収支等に係る調査等の指導監督を行うことが定められている。
 「必要に応じて」という規定なので、東京都は随時、必要が生じれば、組織委員会に対してヒアリング、調査、指導監督などを頻繁に行うことが可能だ。
 組織委員会は、都政改革本部の調査チームの調査に対し、きちんとした対応が義務付けれ、指導監督が随時可能なので、東京都は組織委員会の施設整備計画や運営計画に変更や修正を要求することが保証されことになる。
 東京都が上部団体、組織委員会が下部団体、上下関係が明確となる。
 
 組織委員会の事務局本部は、新築の52階の高層ビルの「虎の門ヒルズ・森タワー」にある。組織委員会のメンバーは森喜朗組織委会長、武藤敏郎事務総長を始め、733名が業務に従事している。内訳は東京都の派遣が245名(33.4%)、国が32名(4.4%)、地方自治体が113名(15.4%)、団体(JOC/JPC、民間事業者)が260名(35.5%)、契約職員等が83名(11.3%)である。民間事業者は、電通やJTBが大挙して要員を派遣している。
 東京都の派遣の245名は、五輪開催準備作業の中核部隊となっているのは明白だろう。東京都からの出向なので、給与などは基本的に東京都が全額負担する。年間約20億円を超える巨額な経費だ。
 これだけ組織委員会にコミットしている東京都は、組織委員会に対して監督指導権限を発揮するのは当然で、むしろその権限を行使しないと、東京都民に対しての説明性が欠落して、「怠慢」と批判されてもやむ得ないだろう。
 組織委員会の「58億5000万円」は返還するとしているが、返せば済むという問題なのは明らかである。問われるのは組織委員会に違いない。

都政改革本部 東京都総務局 

 競技場整備のかかわる仮設施設を誰が負担するかも大きな問題となっている。
 組織委員会は、仮設施設の整備費が招致段階の計画の約723億円から4倍相当の約2800億円に膨らむ見通しとなっていることを明らかにした。
 招致段階では、新国立競技場は国、大会後も使う恒久施設は東京都、仮設施設は、組織委が担うことになっていたが、仮設施設の整備費が組織委員会では負担しきれないほどの額になっていたのである。
 仮設として整備する施設は、有明体操競技場、皇居外苑コース(自転車〔ロードレース〕)、お台場海浜公園(トライアスロン・水泳)、潮風公園(ビーチバレー)、海の森クロスカントリーコース(馬術・クロスカントリー)、有明BMXコース(自転車[BMX])、陸上自衛隊朝霞訓練場(射撃)の7施設だ。それに既設施設などの「オーバーレイ」整備が加わる。
 森喜朗大会組織委員会長は、「東京都が招致をしたオリンピックなので、東京都がまず会場を用意するということが第一義でなければならない」と述べ、東京都も仮設施設の整備費の負担をすべきだとした。
 これに対して、舛添前都知事は協議に応じる姿勢を示し、東京都と組織委員会で協議が開始されていたが、小池都知事に代わって協議は頓挫している。
 都政改革本部の調査チームの報告書では、仮設施設を「大規模暫定施設」と「オーバーレイ」の2種類に分類した。
「大規模暫定施設」(仮設インフラ:組織委員会の表現)は、「大会期間中使用し、大会後は撤去するものでオリンピックに施設として必要な水準まで整備する建物設備」とし、競技場、観客席、照明、空調、電源、フェンスなどである。これに対し「オーバーレイ」は「オリンピック施設に追加されるもので、大会運営上、大会期間中だけ一時的に付加されるもの」とし、テント、プレハブなどが該当する。
 その上で、約2800億円の負担の内訳を、組織委員会が約400~800億円、国が約500億円以上、東京都以外の自治体が約150億円以上、民間が150億円以上、そして東京都は約1000~1500億円とした。
 東京都は、恒久施設に2241億円負担した上で、仮設施設に最大1500億円を負担するべきだとした。組織委員会の窮状を東京都が救済した格好である。
 組織委員会は、仮設施設の経費問題でも、東京都に「頭が上がらない」のは明白だろう。

出典 東京都オリンピック・パラリンピック準備局


都政改革本部 五輪調査チーム調査報告書 Ver.0.9 “1964 again”を越えて 2016年9月29日
すでに破たんしている組織委員会
 致命的な問題は、組織委員会の収支の破たんが明白なことであろう。
 2015年12月、組織委員会の準備や運営に必要な費用を試算したところ、およそ1兆8000億円と当初の見込みの6倍に上ることが明らかになった。
 招致の段階での見通しは約3000億円だった。
1兆8000億円費用の内訳は、
・仮設の競技会場の整備費などが3000億円
・会場に利用する施設の賃借料などが2700億円
・警備会社への委託費などセキュリティー関連の費用が2000億円
・首都高速道路に専用レーンを設けるための営業補償費など選手や大会関係者の輸送に関する経費が1800億円
 首都高の営業補償など当初、想定していなかった経費が加わったことや、資材や人件費の高騰などが要因だとしている。
こうした経費は、準備作業が進むに従って更に膨らんでいくことが容易に想定される。
 
 これに対して組織委員会の収入はスポンサー収入が好調に推移して、当初の見込みは上回るものの、で約4500~5000億円としている。
 組織委員会は1兆円を超える大幅な財源不足が必至の状況である。
 組織委員会が赤字になった場合に、財源の補てんは一義的には東京都が行い、それでも負担できない場合は国が負担することになっている。
 組織委員会は、東京都に「1兆円なんとかして欲しい」と頭を下げる立場なのである。
 組織委員会の森会長や武藤事務総長は、このことを理解して発言をしているのだろうか?

五輪開催経費はまだまだ“青天井”
 調査チームの「3兆円」の試算では明らかにされていない東京都の五輪関連経費はまだまだありそうだ。五輪開催とは直接関係はなくもともと都市の基盤整備として必要と見なし、五輪開催経費から除外しているインフラ整備経費だ。
 選手村の周辺整備費関連では、道路等の基盤整備費、防潮堤建設費として約186億円、巨額の工費に批判が集まった海の森水上競技場は、コースをまたぐ中潮橋の撤去費で約38億円、新しい橋「海の森大橋」の建設費や周辺道路との立体交差工事で300億円以上、さらに有明アリーナの用地取得費約183億円、IBC/MPCが設営される東京ビックサイトに建設する増設棟の建設費で約228億円などである。これは氷山の一角だろう。
 一方、国はいまだに新国立競技場の建設費の一部約1300億円とパラリンピックの開催負担金200億円以外の開催経費は一切、明らかにしていない。
 すでに国が全額負担するハンドボールなどの会場となる代々木競技場の第一体育館と第二体育館の改修費を、スポーツ庁は総額180億円を予算化している。
 五輪の会場基準を踏まえたバリアフリー化のほか、耐震工事や老朽化した設備を更新工事である。
 こうした国の五輪開催経費が次々に表面化していくのは間違いない。
 2020年東京オリンピック・パラリンピックまで、後4年余り、いまだに開催費用が総額で一体いくらになるのか、示されていない。
 誰が巨額の開催経費を負担するのか、次世代に巨額の負担を残すのか、2020東京オリンピック・パラリンピックは“負のレガシー(負の遺産)”になる可能性はさらに強まった。
 2020年東京オリンピック・パラリンピックの“混迷”と“迷走”がさらに深刻化した。新国立競技場問題、五輪エンブレム問題は、その終わりではなく始まりだった。


国立競技場と五輪マーク 筆者撮影