五輪エンブレム決定 組市松紋 疑惑 情報漏れ 出来レース? 作者は野老朝雄

出典 Tokyo2020


東京五輪エンブレム A案の「組市松紋」で決定
 2016年4月25日、2020年東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会は大会エンブレムについて、4案の候補作品の中から、市松模様をモチーフにしたA案「組市松紋」を選定した。直後に開催された組織委員会の理事会で満場一致で承認され正式に決定した。
 旧エンブレムの異例の白紙撤回から約8か月、2020年東京五輪・パラリンピック大会のシンボルがようやく決定した。

 今回は応募資格を大幅に緩和して一般公募し、1万4599作品が大量の作品が集まった。前回は、複数のコンテストでの受賞歴などを条件にしたため、応募数は104件となり批判を受けたことから、今回は、受賞歴は条件にしないなど緩和したため1万4599件の大量の応募となった。
21人に構成したエンブレム委員会で審査を重ねて、1万4599件の中から最終候補を4作品に絞り、公開した国民から意見を求めた上で、最終審査を行い1作品を選んだ。
東京五輪のエンブレム最終候補4作品 Tokyo 2020提供
 
 A案「組市松紋」を制作したのは東京都在住のデザイナー野老朝雄(ところ)氏。江戸時代に「市松模様」として広まった“チェッカーデザイン”を、日本の伝統色の藍色で粋な日本らしさを表現した。また形の異なる3種類の四角形を組み合わせたデザインを取り入れ、国や文化、思想の違いを乗り越えてつながり合うという意味を込めた。「多様性と調和」というメッセージを込めて、オリンピック・パラリンピックが多様性を認め合い、つながる世界を目指す場であることをアピールしたいとしている。
 組織委のエンブレム委員会(委員長=宮田亮平文化庁長官)は、国民から寄せられた計約4万件の意見を参考にして、委員全員の21人が非公開で投票。その結果、第一回目の投票で、A案が過半数の13票を獲得した。ちなみに「輪」をモチーフにした「つなぐ輪、広がる和」のB案は1票、「風神雷神」のイメージを表現した「超える人」はC案は2票、「朝顔」を描いた「晴れやかな顔、花咲く」はD案5票、大差でA案が選ばれた。
 宮田委員長はA案について「シンプルで良い、日本の伝統、粋を感じる、クールな印象といった、ポジティブな意見が多数あった。他方で地味であるという意見や、目がチカチカするという留意点もあった。目がチカチカという点については専門家からの意見について説明も受けた。その辺の議論もした上で慎重な議論して投票を行い、そしてこの市松模様、組市松紋に決定した」と述べた。
さらに「エンブレム委員会は準備委員会も含めると18回行われ、最後の今日の最終審査も多いに盛り上がった。毎回、けんけんがくがくの議論が繰り広げられ、その結果がこのエンブレムだ。本当に素晴らしい21名のメンバーと共にこの難題に取り組んだことを誇りに思っている」語った。
 これに対し、制作者の野老朝雄氏は「頭が真っ白になった。非常にうれしい。緊張している。この場にいられることを誇りに思う。」と話した。
 また「単純にこだわって、一つ一つのピースを45個組み合わせてつなげた。色をつけるより単色の藍にこだわり、“江戸小紋”の潔い表現を狙った。真夏に行われる大会を念頭に、すずしげなイメージも意識した」と述べた。

失態・発表直前に漏れたA案決定
 4月25日、午後3時10分過ぎ、予定より10分遅れで始まった「東京2020五輪エンブレム 発表会・記者会見」。
 司会役の大会組織委員会の女性職員のかけ声を合図に、エンブレム委員会の宮田亮平委員長と王貞治委員が手元のボードを裏返しして、新エンブレムを披露した。
 最終候補の4案の中で、さてどの作品が選ばれるのか、会場だけでなく国民が息を飲んで注目した一瞬、そうなるはずであった。
 しかし、発表会開始の直前、2時15分ごろ、日本テレビのワイドショー番組「ミヤネ屋」で、「A案決定」の速報テロップが流れ、日本テレビのニュース・センターから速報ニュースが放送された。その後、NHKを始め他社も追随し、「A案決定」は発表会を待たず“公表”されてしまったのである。なぜ情報が漏れたかは不明だ。
 これが原因と思われるが、発表会は10分遅れとなり、詰めかけた各社の記者は大騒ぎ、華やかな発表会の会場は一転して慌ただしい雰囲気に包まれた。
 そのおかげで、新エンブレムが披露された瞬間も、会場内にはどよめきや歓声は一切なく、冷めた雰囲気に包まれていた。なんとも異例な発表会になってしまった。
 発表会の様子は「ニコニコ生放送」で中継されていたが、「これ見る価値ない」とか「ミヤネ屋はAと言っている」いったコメントが流れ、委員長の宮田亮平氏がのあいさつを述べている間も、「Aなんでしょ」といったコメントが流れ続け、委員の代表として王貞治氏が「私たち壇上の人間だけが結果を知っているという状況にワクワクします」と挨拶したが、次の瞬間「知ってます」コメントが弾幕のごとく押し寄せたという。
 とにかく散々な発表会となり、新五輪エンブレムは、またしても出足から“大失態”を演じてしまった。折角、新エンブレムの発表で、2020年東京オリンピック・パラリンピックのムードを一気に盛り上げようとしたのにお粗末なイベントだった。

またまた不明瞭さを残した選考過程
 「密室選考」との批判を受けた前回の反省から、組織員会では、「参画」と「透明性」を掲げて最重要の課題として臨んだ。最終候補4作品を公開して幅広く国民から意見を募るという五輪史上初の手続きも採用した。エンブレム委員会の宮田亮平委員長は「公明正大と胸を張って言える」と述べている。
 エンブレム委員会ははがきやインターネットを使って投票してもらう「国民投票」も検討したが、1人1票の公正さを担保することが難しいとして採用しなかった。国民からの意見は、あくまで委員の選考の参考にするためでとし、どの作品にどの位の支持が多かったのか、件数は明かしていない。
 1万4599件は、2016年1月に開かれたエンブレム委員会で最終候補の4作品と予備として選んだ次点の4作品が選ばれた。
 最終候補4作品は、商標登録調査が数か月もかけて世界各国を対象に行われ、その結果やはり懸念が現実化し、4作品の内、3作品が商標登録調査をパスしなかったことが明らかにされた。次点の4作品は、あらかじめ最終候補作品が商標登録調査をパスしなかった場合に備えた予備作品だ。
 しかし、次点の4作品も商標登録調査をパスしたのは2作品のみで、最終候補1作品を含めて、商標登録調査をパスしたのは3作品だけになってしまったという。
前回の旧エンブレムについては、ベルギーの劇場側から「劇場のロゴマークと酷似している」と差し止めを求められたことを契機に白紙撤回に追い込まれた。その反省から商標登録調査はシビアに実施する方針だった。
エンブレム員会では、公表する最終候補を「最大4点」とする方針を決めていたため、1月の選考で最終候補や次点に選ばれなかった56作品の中から、改めて1点を選び直して復活させ、最終候補4作品にしたとしている。しかし、エンブレム委員会は1作品をどういう方法で選んだのか選考過程を明らかにしていない。
発表会の後に開かれた記者会見で、記者からの質問に対し、宮田委員長は説明を避け、曖昧になったままである。
 「透明性」を掲げ、「公明正大」と胸を張るなら、説明をなぜ避けるのか、汚点を残したと言える。
 また最終候補4作品の公開された後に、旧エンブレムの元審査員、平野敬子氏は、「『A案』ありきのプレゼンテーション」と自身のブログで批判した。最終候補4作品の紹介の仕方が、“1対3の構図 – 「A案」VS「BCD案」”になっていると指摘した。
 これを受けて、ネット上で「作品Aありきの出来レース」などの批判が出回ったが、この件について、宮田委員長は記者会見で「大変腹立たしかった。誠心誠意、惑わされないようにした」と憮然としていた。
 「作品Aありきの出来レース」かどうかはまったく不明だが、最終候補の4作品の選考過程に疑問が投げかられている以上、それに答える責務がエンブレム委員会にあるのではないか。
オリンピックの商業主義のシンボル、五輪エンブレム
 五輪エンブレムの役割は、単に五輪のシンボルとして大会を盛り立てるだけではない。オリンピックの財政基盤を支える重要な収入源、“商品”なのである。
 五輪エンブレムは、スポンサー契約を結んだスポンサー企業に、テレビコマーシャルや広告、イベントの開催、公式グッズの販売などの権利が独占的に与えられる。
 オリンピックのスポンサー・シップは、「TOP(The Olympic Programme)」(12社)と呼ばれるIOC(国際オリンピック委員会)が管理する最高位のスキームと「ゴールドパートナー」(15社)や「オフイシャル・パートナー」(18社)と呼ばれる開催都市の組織員会が管理するスキームの2種類がある。
 こうしたスポンサー・シップによる収入は、IOCの収入の約20%、開催都市の組織委員会の収入の約40%以上を支えるオリンピックの生命線ともいえる貴重な財源なのである。
 現在の五輪エンブレムの役割はかつての五輪エンブレムの役割とは大きく変質している。五輪エンブレムの選定にあたっては、スポンサー企業がさまざま展開がしやすいデザインに配慮するのは自然の流れだろう。
 五輪エンブレムは、オリンピックの商業主義のシンボルとなってしまった。
2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会
インパクトに欠けるA案「組市松紋」
 「組市松紋」はコンセプトとしても十分評価できるし、デザインとしても極めて洗練されていると筆者も思う。デザイナーのプロフェッショナルが、入念に時間をかけて制作した“匠の技”が十二分にうかがえる。
 しかし、2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムとしてレガシー(未来への遺産)にするには、インパクトがほとんどない。はなはだ恐縮だが、“普通”のデザイン、悪く言えば「凡庸」という印象である。。
 思い出すのは亀倉雄策氏の制作した1964年東京オリンピックのシンボルマークだ。戦後の廃墟から見事に再生した“ニッポン”を真っ赤な日の丸一つで見事に表現した。いまでも強烈なインパクトを筆者に与える。確かに時代は変わって国民が一つのスローガンでまとまることは難しくなったのは理解できる。しかし、2020年は東京でオリンピックを開催するのだ、という“気合い”と“存在感”が感じられない。
 最終候補4作品について、共同通信のアンケートやネット検索大手ヤフーの意識調査では「輪」をデザインしたB案が1番人気で、「朝顔」をイメージしたD案が小差の2位だったという。エンブレム委員会に寄せられた約4万件の国民の意見も、公表はされていないが同様だったと思われる。
 一方で、招致の際に使われ、白紙撤回から今まで使用されていた、桜の花をリース状にかたどったエンブレムの方が、日本らしく、華やかでいいという意見も多く聞かれる。なにか釈然としない思いが残る。
2020年東京オリンピック・パラリンピックまで後4年、いずれにしても新エンブレム、その評価が定まるのはこれからであろう。世界の人々はどう受け止めるのだろうか?

1964東京五輪組織員会