- 東京五輪 国際放送センター(IBC) 4K/HDR IPシステム クラウド化 史上最高9500時間を配信 メディアクローズアップリポート
東京五輪2020 開会式 国立競技場 出典 IOC Media
- “ コロナショック” 東京五輪2020 史上初の1年延期決定 異例の無観客試合
- 東京五オリンピック・パラリンピック2020は、まさに新型コロナ・パンデミック・ショックに襲われた異例の大会となった。
2020年3月24日、世界各国が新型コロナウイルスのパンデミックに襲われる中で、東京オリンピック・パラリンピックの1年程度の延期が決定。3月30日には2021年夏に延期されることが決断された。
国際オリンピック委員会(IOC)は、新型コロナの感染が世界各国に広がる中でも、当初は「予定どおり」の開催を強気で強調していたが、オリンピックの開幕まで4か月を切ったタイミングで、大きな決断を強いられた。さらに東京オリンピックの開会式が2週間後に迫る7月8日、政府は東京都に4回目の緊急事態宣言の発出、同じ日に首都圏1都3県のオリンピック会場を「無観客」にすること決断した。オリンピック史上初の前代未聞の「無観客開催」である。新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真 出典 NAID
- 大会関係者の参加者数を4分の1に大幅削減 組織委員会
- 前代未聞の「無観客試合」となることで、東京五輪組織委員会は、海外から大会に参加する大会関係者の大幅圧縮を要請した。大会関係者とは、オリンピック・ファミリーや各国NOC、国際競技団体、放送機関・プレスなどである。
1年延期前には14万1000人が想定されたが、これを4分の1の3万3000人に縮減することにした。ちなみに選手の参加数は1万1000人超だった。
これに伴い、国際放送センター(IBC)に参加する放送関係者も縮減が要請され、1年延期前には、各国放送機関等(ライツホルダー:RHBs)が1万800人、OBS(オリンピック放送機構)が7600人、計1万8400人が参加するとしていたが、放送機関等を半分以下の4600人とすることして各国放送機関に要請した。 - 放送機関 加速させた“リモート・プロダクション”
- コロナ禍の安全対策を講じていた各国放送機関等(ライツホルダー:RHBs)は、パンデミック下の東京にスタッフを派遣せず自国でオペレーションを行う“リモート・プロダクション”を加速させた。大会では、毎回。世界最大の放送拠点をつくり、大量の放送関係者を現地に送り込む米NBCユニバーサル(NBCU)は、米国コネチカット州スタンフォード(Stanford)に最新鋭のデジタル放送機器を導入し、6つの副調整付きスタジオや17のプロダクション・コントロール・ルーム、28のオフチューブ・ファクトリーを整備して常時1100以上のスタッフが働くスポーツ・制作オペレーションセンター(Sports
Production Operation Center:SPOC)を建設し、東京五輪2020に備えて、“リモート・プロダクション”機能を備えた放送機器を強化した。
NBCUは、東京に派遣する要員を、1年延期前は2000人を計画していたがしていたが、400人を削減して1600人とした。一方、SPOCには要員を1700人に増強してオペレーションを実施、7000時間に及ぶ五輪放送を実施した。主要な競技を除き、コメンテーターや解説者は、現地のスタジアムの放送席ではなく、スタンフォードのスタジオで競技中継を行う“オフチューブ”に原則、切り替えた。高速・大容量のIP回線で、東京のIBCからOBCが配信するホスト映像・音声をSPOCに送り込み、これまでは東京IBCで行っていた中継映像の処理や素材の編集作業は、最小限に留め、スタンフォードを拠点に行った。地上波のNBCだけでなく、ここ数年飛躍的にサービスを拡大して、NBCUのデジタル・プラットフォームの中核になっているPeacockのオペレーションもSPOCで行っている。NBCU Sports Production Operation Center:SPOC 出典 NBC Sports
- OBSは“IP化”、“クラウド導入”で“リモート・プロダクション”を支援 IBCの規模も縮減
- 一方、OBS(オリンピック放送機構)は、大会の規模膨張に伴って競技映像の配信時間が飛躍的に増えると共に、さらにデジタルメディアや高精細4K放送の登場で、配信する映像・音声が多様化して、IBCの規模は巨大化し続けて限界に達し、IBCの簡素化が必須の課題となり始めていた。IBCの建物や電源、回線、空調などの整備は開催都市の責任となるので、経費負担など重荷が問題化していた。
そこで、OBSが強力に推し進めたのが、IP化とクラウドの導入である。
IBCの映像・音声信号のコントロールを、これまでSDIからIPに転換して、IPプロトコルでオペレーションを運用、放送機材や配線を大幅に簡素化することに成功した。IP化することで各国放送機関は、自国で放送オペレーションを行う“リモート制作”が容易になり、東京五輪2020では“リモート制作”を取り入れた放送機関が大幅に増えた。
映像・音声信号の配信オペレーションも一変させた。巨大なクラウドを利用した配信オペレーションである。8000時間にも及ぶ五輪の競技映像・音声はすべてクラウドに送られてストレージされる。各国放送機関は、クラウドにアクセスしてライブ信号を始め、アーカイブ映像・音声にアクセスすることができる。しかも、信号フォーマットは、デジタル信号、HD、高精細映像4Kなど放送機関のニーズに応じて選択可能。OBSは欧州、米国、アジア、日本などにアクセスポイントを設置して各国放送機関の便宜を図る。
また、ナレーションやグラフィックス入ったフルターンキーの映像配信サービス、MDS(Multi-Distribution-Service)やスローモーション素材や別アングル映像、舞台裏素材(behind-the-scenes)などの多様な映像素材を配信するMCF(Multi-Clip-Feed)の充実させてリモート・プロダクション体制を支援する。
東京五輪2020のOBS(オリンピック放送機構)のオペレーションは、“リモート制作”、“IP化”、“クラウドの導入”を実現することで、放送技術のエポック・メーキングになったと評価したい。
- 東京五輪2020は新型コロナのパンデミック五輪
- ちなみに新型コロナのパンデミックは、東京オリンピック・パラリンピック2020開会期間中にピークに達し、オリンピック開会式が行われた7月23日には、日本での1日の感染者数が4212人となり、閉会式の8月8日には1万4529人に増加、オリンピック閉会式とパラリンピック開会式の間の8月20日にはこれまでの最大の2万5975人記録した。すべての緊急事態宣言が解除されたのは9月30日、まさに最悪の新型コロナのパンデミックの中で開催されたオリンピック・パラリンピック大会となった。
東京五輪 国際放送センター(IBC) 4K/HDR IPシステム クラウド化 史上最高9500時間を配信

東京五輪2020 国際放送センター(IBC) 東京ビックサイト(晴海) 筆者撮影
五輪放送オペレーションの拠点 IBC/MPC
東京2020の世界の報道機関の拠点、国際放送センター(IBC International Broadcasting Center)とメインプレスセンター(MPC
Main Press Center)は東京ビッグサイト(江東区有明地区 東京湾ベイエリア)に設置された。
国際放送センター(IBC / International Broadcasting Center)は、世界各国。の放送機関等のオペレーションの拠点となる施設である。IBCの設営・運営は、五輪大会のホスト・ブロードキャスター(Host
Broadcaster)であるOBS(Olympic Broadcasting Services )が行う。
IBCには、競技やセレモニーなどの映像・音声信号のコントリビューション(Contribution)、分配(Distribution)、ユニラテラル・サービス(Unilateral)、伝送(Transmission)、ストレージ(VTR
Logging)など行うシステムが設置されるOBSエリアや各放送機関等が制作スタジオやコントロール・ルーム、編集室、放送機材ラック・エリア、オフイス・スペースなどを設置する放送機関エリアなどが整備される。
これに対してメインプレスセンター(MPC / Main Press Center)は、新聞、通信社、雑誌等の取材、編集拠点である。共用プレス席、専用ワーキングスペース、フォト・ワーキングルームなどが準備される。
またIBCとMPCの共用施設として、会見室・ブリーフィングルームを始め、レストラン、カフェ、銀行、宅配便、コンビニ、ツーリストオフイスなどが設置される。
IBCとMPCには、合計約2万人のジャーナリストやカメラマン、放送関係者などのメディア関係者が参加する。
オリンピックの施設の中で、最も広大な施設は、開会式、閉会式が行われるオリンピック・スタジアムである。次に巨大な施設は、競技場ではなく、IBC/MPCと呼ばれるこのメディア関連施設だ。約10万平方メートルの広さの広大な建物が整備される。
オリンピックを支えるメディアの果たす役割は極めて大きい。国際オリンピック委員会(IOC)は、メディア戦略を重要な柱として位置付けている。とりわけ競技中継を世界各国で行う放送メディアは、オリンピックの存立基盤を握るとまで言われている。国際オリンピック委員会(IOC)の収入の61%は放送権料収入でしめられている。そのメディア戦略を担うのがIBC/MPCなのである。

IBC Counter

⇒北京冬季五輪2022 国際放送センター(IBC)
⇒平昌冬季五輪2018 国際放送センター(IBC)
東京ビックサイトに設置された東京2020IBC
東京2020のIBCは、東京の臨海部、晴海地区にある国際展示場、東京ビックサイトに設置された。
広さ約40,000平方メートル、前回のリオデジャネイロ五輪2016より約30%が縮減された。放送関係エリアについては約21%削減された。東京2020で放送権を獲得したライツホルダー(RHBs)は29(Olympics
Channnelを含む)、五輪放送・配信を行った放送機関やデジタル・プラットフォームは世界220の国と地域の130(サブライセンスを含む)、この内、21のRHBsと80の放送機関等がIBCに参加した。
参加した人数は、放送関係者が約3,800 OBS関係者約8100人(IBCオペレーションと各競技会場等の中継制作要員を含む)、合わせて1万1900人だった。
(注)
東京ビックサイトは、敷地面積約26万6000平方メートル、総展示場面積約11万5000万平方メートル、「東展示棟」、「西展示棟」、「南展示棟」、「会議棟」、からなる日本で最大の国際展示場で、年間約1500万人程度の来訪者が訪れる。東京都は、IBC設営のために、東展示棟臨時駐車場に、総工費約100億円で、総床面積約2万平方メートル、展示面積約1万6000平方メートルの「東新展示棟」を増設した。
IBCは、「東展示棟」、「東新展示棟」を占有して設置され、準備は2019年4月から開始され、2020年3月の「1年延期」に伴い工事は一時中断、2021年3月に工事再開、2021年6月23日、大会開催1ヵ月前にオープンして、各放送機関がスタジオ開設の準備に入った。
一方、「西展示棟」には、新聞や雑誌、通信社のメディアの取材拠点、MPC(Main Press Center)が設置され、「会議棟」は会見場として使用された。
IBCの設営は、電源、空調、光回線、機器設営用仮設ラック、スペースの間仕切りなどオーバーレイ工事は大会組織委員会が担当する。2018年6月、MPCとIBC全体の仮設工事の入札が行われ、大和建設工業が283億8960万円で落札した。経費は、大会組織委員会の負担となる。
これに対して、OBSはIBC内の放送機器や回線やケーブルの敷設、パーティションの設置などを行い、IBC機能の設営を担う。
OBSの放送オペレーション経費は、IBCの設営・運営や中継経費も含めて約600億円超、内、IBCの経費は300億円程度と思われる。すべてIOCが負担し、RHBsの支払う放送権料で賄われる。
(注) 「1年延期前」は、約10,800人の放送関係者とOBS関係者7,600人の合わせて18,400人の参加が見込まれていた。新型コロナの感染症対策で、組織委員会は放送関係者の参加者を合計で4600人程度に縮減することを各放送機関に要請した。 「大会関係者のアップデート 第4回専門家ラウンドテーブル資料 TOKYO2020」

Source OBS Fact File
五輪のホスト・ブロードキャスター OBS
オリンピック放送機構、OBS(Olympic Broadcasting Services 以下「OBS」)は、2013年に国際オリンピック委員会(IOC:International
Olympic Committee 以下[IOC])が五輪放送オペレーションの中核にするために設立した。
オリンピック・パラリンピックの映像・音声メディアの拠点となる国際放送センター(IBC)の設営・運営を行い、競技映像・音声の国際信号を制作し、オリンピックの放送権を持つ世界各国の放送機関等(RHBs
/ Rights-holding Broadcasters 以下[RHBs])に配信・伝送などを行うホスト・ブロードキャスター業務を担う。
東京2020では、OBSが単独でホスト・ブロードキャスターとなり、パラリンピックを含めて、競技映像・音声信号の制作、IBCの設営・運営、配信・伝送を実施した。
OBSは、スペインのマドリードに本部があり、30の国と地域の166人の常勤スタッフが在籍するグローバルな組織である。OBSは全額IOCが出資して設立され、運営に関わる経費は、全額IOCが拠出する。
OBCは大会開催ごとに、世界各国からオペレーション要員を調達するが、東京2020では、8100人超を雇い入れた。この内約25%が日本国内在住の要員である。
また、OBSは開催地に放送テクノロジーのレガシーを残すために、開催国内の大学生などを対象としたトレーニング・プログラム(BTP:Local
Students in the Broadcast Training Programme)を実施し、東京2020では、約1200人が参加した。

Yiannis Ezachos OBS CEO 1964年ギリシャ生まれ。アテネ法律大学で法律と映画を専攻、卒業後、文化・芸術関連のテレビ・ラジオ番組を制作、ギリシャ国営放送、ERTの執行役員を歴任、ロンドン五輪2012後にOBSのCEOに就任。
ホスト・ブロードキャスター OBSの役割
ホスト・ブロードキャスターは、五輪競技関連の映像・音声制作行い、国際放送センター(IBC:International Broadcasting
Center 以下「IBC」)を設営・運営を担い、世界各国の放送機関などのライツホルダー(Rights Holding Broadcasters:RHBs 以下「RHBs」)に国際信号(International
Television and Radio [ITVR ] signals/ International Signal/World Feed)を配信する。国際信号は、どこの国のRHBsでも使用可能になるように国や選手に偏らない「公平」な「共通」コンテンツである。世界各国の放送機関等は、OBSの制作した国際信号を元に、独自にコメンタリー・ポジション(Commentary
Position 中継アナウンサーや解説者の放送席)を設置するとともに、ユニー・カメラ(中継・ENG)などの映像も加えて、放送コンテンツを制作し視聴者にサービスする。
OBSは7つのミッションを掲げている。

・ITVR(国際映像・音声信号)の制作
・国際放送センター(IBC)の企画・設計、設営、運営、撤収
・競技会場や競技施設の放送オペレーション設備の企画・設計、設営、運営、撤収
・大会組織委員会が担当するOBSやRHBsが使用する会場の放送インフラの企画・設計、設営の支援
・RHBsの大会組織委員会への要請の取りまとめ
・オリンピック・アーカイブスの運営
・新たな放送技術開発の開発と導入

IBC CDU Source OBS Fact File 2021
IBCの主な機能
IBCの国際映像制作プロセス CDU&T
OBSの国際映像制作プロセスは、「CDUT」という頭文字をとった4つの機能で構成されている。
「Contribution」は、44の競技会場(Venue)に設置された1000台以上のカメラが中継した映像信号を受け取り、監視・調整するユニットである。
「Distribution」ユニットは、IBC内のRHBに9500時間超の国際映信号を配信する。
「Unilateral」 ユニットは、各放送機関が独自に制作したユニー映像・音声素材をコントロールする。各放送機関はユニーカメラやコメンンタリー・ポジションを競技場に設置して、ユニー映像・音声を独自に制作する。IBCではこうしたユニー素材を受けて、コメンタリー・スイッチング・センターなどで処理する。 2016Rioでは約1,300のフィードが処理され、RHBに配信された。
最後は「Transmission」ユニット、光ファイバーや衛星、クラウドを使用して、IBCから世界各国の放送機関に映像音声信号を伝送する。

Distribution Center 出典 OBS
▼OBS TECH(OBS Technical Facilities:IBC内)
・Master Control Room:MCR :IBCの心臓部のマスター・コントロール・ルーム
・CDU:42の競技会場(Venue)(1)からIBCへの映像・音声素材や競技情報データの伝送ネットワークの制御・監視を行うコントリビューション(Contribution)、国際映像(ITVR)/ユニー素材(SDI/IP)や競技情報データのRHBsへの配信する(Distribution)、各MRHsのユニー映像・温瀬信号を制御する(Unilateral)ユニットで構成。
・Transmission Center:伝送センター OBSの国際映信号(ITVR)やMRHsのユニー信号を光回線や衛星などで伝送。
・Commentary Switching Center(CSC):MRHsのユニー中継コメンタリーのスイッチング・センター
・off-tube booths:オフ・チューブ・ブース OBS
・Graphics Production Room(CG):グラフィックス制作ルーム

Logging Center 出典 OBS
・VTR Logging:映像・音声ストレージ
・Production Quality Center(PQC):映像・音声信号品質管理
・Look-up Tables(LUTs):4K/HDR⇔HD/SDRへの相互変換(cross conversion)の画質コントロール・監視
・Video Archive:映像アーカイブ
・Central IBC Video Server :IBCサーバー
・Booking Office:ブッキング・オフイス
・Olympic News Channel(ONC) areaオリンピック・ニュース・チャンネル
・Multi-channel Distribution Service(MDS) area:マルチ・チャンネル配信サービス
・Multi-Clip-Feed(MCF):マルチ・クリップ・フィード
・Contet+サービス
・Centralized Technical Areas(CTAs):RHBsとの集中コネクション・エリア
・Right Holding Broadcasters(RHBs) area: RHBsがサテライト・スタジオや放送機材、ワーキング・エリアなどを設置する放送機関エリア
・OBS Management Office :OBSのオフイス
▼競技場・セレモニー会場(Venues)
・camera positions:カメラ・ポジション:OBS camera positions/RHBs unilateral amera
positions
・commentary positions:コメンタリー・ポジション(放送席 )
・announce or presentation position:アナウンス・プレゼンテーション・ポジション
・athlete interviews in the mixed zone:ミックス・ゾーン OBS/MRHs Unilateral

お台場海浜公園 OBS TV Tower 出典 NHK
▼都内(City)
・OBS TV Towers/independent studio:OBS TV towers(国立競技場/お台場)/RHBsのテレビ・スタジオ
・Stand-up positions:記者リポポジション(OBS TV towers/選手村/都内繁華街)
オリンピックを支えるメディアの果たす役割は極めて大きい。国際オリンピック委員会(IOC)は、メディア戦略をオリンピック・ムーブメントの持続性を確保する重要な柱として位置付けている。とりわけ競技中継を世界各国で行う放送メディアは、オリンピックの存立基盤を握るとまで言われている。そのメディア戦略を担うのがIBCである。

IBC System OBS Fact file IBC/MDS Source OBS
初の高精細映像4K/HDRに挑んだOBS 配信時間は史上最高の9500時間超
OBSは、東京2020で、初めて全競技を高精細映像4K/HDRで映像制作に挑み、31台の4K中継車(OB-VAN:Outside Broadcast
Vans)や22基のFly-away Unitを各競技場(Venue)に配備した。(有明テニスの森公園の7つの屋外コートで行われた試合中継にみはHDで実施)
配信時間は9500時間超、2016リオデジャネイロ大会に比べて約30%増で史上最高となった。この内、約3800~4000時間はライブで配信された。
各競技場やセレモニー会場(Venue)からIBCに送信されたHD Feedsは118チャンネル、UHD Feedsは38チャンネル、IBCでRHBsに配信されたのはHDチャンネルが76、UHDチャンネルは44に達した。
4K/ HDR信号は、OBSが調達した大容量10Gbps光ファイバーやFly-away Unitで、IBCに伝送され、国際映像音声信号(ITVR)は世界130のライツホルダー(RHBs:サブライセンスを含む)配信され、220の国と地域で五輪放送・配信がサービスされた。全世界のテレビの視聴可能な人は約50億人、オリンピック・デジタル・プラットフォーム
や Tokyo 2020 appのユーザーは約10億人(Unique Users)、ソーシャル・メディア(IOC公式サービス TikTok,
Instagram, Facebook, Twitter and Weibo))では37億回のアクション数( engagements)を記録した。
IBCでRHBsに配信したフィードは、4K/HDRで配信するUHD VandA Package(68feeds/44channels)、4K/HDRをダウンコンバートしてHD/SDR信号で配信するHD
VandA Package(118feeds/68channnels)の2種類で、RHBsが選択する。

出典 OBS
RHBsへのデフォルト配信フォーマットは4K/HDRで、SMPTE2036-1標準に準拠した12G-SDI(4K/60P非圧縮 59.94Hz)、4K/HDR
をダウンコバートしたHD/SDRのフォーマットはSMPTE292標準に準拠した1080i/59.94を、SDI (Serial Digital
Interface)信号で、衛星と光ファイバーで配信した。。
さらに最近急増したデジタル・プラットフォーム向けのデジタル・サービスとしてIP VandA Package(18Mbps/2.4Mbps)をST-2110に準拠したIPインターフェースを構築して、すべての映像・音声信号をIPフォーマットでも配信した。
OBSが制作した国際映像(ITVR)は、世界各国6カ所(東京×2、ロンドン、フランクフルト、ニューヨーク、ロサンゼルス、香港)にアクセスポイント、PoPs (Point of Presence)を設置して、RHBsが国際映像(ITVR)のアクセスを可能になるようにした。RHBsは、開催年のIBC内だけでなく、世界各地のアクセスポイントで五輪関連コンテンツを容易に入手できるようになった。
OBSのデジタル・コンテンツ・サービスを利用するデジタル・プラットフォームや公式ソーシャル・メディア(Instagram、Twitter、Facebook、YouTube、Snapchat、TikTok等)は急増して、テレビ放送サービスに迫る勢いである。こうしたデジタル・プラットフォームやソーシャル・メディア中小規模の放送機関にとってPoPsは極めてメリットが大きいサービスである。
音声の高音質化にも取り組み、5.1.4サラウンド音声を採用して、より臨場感あふれる視聴体験をサービスして、次世代の音声中継技術を提示した。
5.1.4サラウンド音声では、これまでの従来の5.1サラウンド音声に加えて、高さが調整できる4つの吊り天井マイク(Hanging Ceiling
Microphone)でキャプチャーされたオーバーヘッド音声を追加することで三次元立体音声に拡張する。 この没入型サウンドを実現する新たなマイクが特別に設計された。
OBSは合計3600本(28種類のモデル)のマイクを使用して、IBCには3か所の5.1.4サラウンド音声調整室を設けてオペレーションを行った。
4K/UHDで五輪を放送している世界の放送機関は、衛星放送チャンネルやデジタル・サービスが中心で、極めて限定的にとどまり、各国のテレビ放送では依然としてHDでのサービスが主流である。
日本では、2018年12月1日から、新4K8K衛星放送が開始して、五輪競技中継はNHKBS4Kや民放キー局の衛星4Kチャンネルでサービスされたが、NHK4Kを除いて民放系4Kは限定的にとどまった。4K視聴可能受信機器の普及は、1000万台超(2021年8月)を達成したが(7)、4Kの視聴者数は伸び悩んでいる。欧米では4K受像機の普及はほとんど進まず、4K放送サービスは一部を除いてほとんど行われていない。4Kサービスの普及・拡大は今後の課題になっている。
しかし、スポーツ中継における高繊細4Kのメリットは大きく、TOKYO2020の4K映像制作サービスが、世界のビックスポーツイベントのデフォルトになった。

Source OBS Fact File 2021
キーワードはIP/Cloud データセンター化したIBC
OBSは東京2020大会のIBCのシステムをすべて放送コンテンツのIP送信標準規格、SMPTE ST-2110に準拠したIPインターフェース(Internet
Protocol Interface)を実装してIPプロダクションを実現した。
国際映像の制作に伴う映像・音声信号の処理や機器間の接続はすべてIP信号で行う。
IPプロダクションの実現で、IBCシステムの機器や要員は大幅に簡素化された。
4K/UHDの登場で、OBSが処理する信号フォーマットは、4K、HD、デジタル・サービスと多様化し、処理するデーター量も飛躍的に増加してIBCシステムの肥大化に拍車をかけている。また配信するコンテンツや時間数も飛躍的に増えて、従来のSDIのオペレーションでは機器や処理が膨大になり支障が出始めてきた。
IP化すれば、映像・音声信号に加えて制御信号、同期信号などの情報も同時に伝送可能になり、放送機器やケーブルを省力化することが可能になる。またマルチ・チャンネル配信が可能になるのでケーブリングは大幅に省力化を実現できる。
IPインタフェースの基盤を確立するの成功した鍵は、中国のIT企業、阿里巴巴集団(Alibaba Group)が提供する巨大なクラウドシステムである。Alibaba
Groupは2017年に、国際オリンピック委員会(IOC)最高位スポンサー「TOP」となり、2028年まで3回の冬季・夏季五輪をIT分野でサポートすることになった。
「TOP」スポンサーの立場を活かして、Alibaba GroupはOBSのクラウドシステムを提供することで合意して、東京2020から本格的に運用を開始した。
OBSがIBCのIP化に成功した背景にはAlibaba Groupの存在が大きい。
IP化の実現で、IBCの「肥大化」抑制に歯止めがかかり、面積で約30%(2016リオデジャネイロ大会比)、放送設備で約21%(同)の削減に成功した。
OBSのオペレーションはすべてIP化されて、IBCは「国際放送センター」から「国際データセンター」に変貌していった。
OBSのイズザーチョスCEOは、「IP/クラウ・ドテクノロジーは、東京2020で第一歩を踏み出したが、まだ比較的初期の段階だ」と述べ、2022北京冬季五輪大会で更にシステムを進化させたいと述べている。

Alibabaの創業者 馬雲(Jack Ma)氏とバッハIOC会長 出典 Alibaba
(注) Alibaba’s Tokyo 2020 innovations IOC NEWS(2021年7月22日) /Olympic Broadcasting Services Hosted in the Cloud for the First Time Alibaba Clouder (2021年7月30日)/ Worldwide Olympic Partners helping to make Tokyo 2020 most innovative Olympic Games ever IOC NEWS(2021年8月2日)/ Olympic Broadcasting Services Hosted via the Cloud for the First Time Ardent Communications(2021年7月30日)

SMPTE ST 2110
世界の放送技術の標準化を定めるSMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers 米国映画テレビ技術者協会)は、2017年9月、IPライブプロダクション相互運用性を図るSMPTE
ST 2110規格を承認した。
ST 2110規格は、IPネットワークで伝送される多様な基本情報ストリームの運搬、同期、および記述をリアルタイムで指定する新しい企画標準で、ライブプロダクションから放送プレイアウトまで使用可能。従来のSDIをIPに置き換え、IPプロトコル(IP
protocol)とインフラストラクチャーを活用する新たな放送オペレーションを可能にする。(8)
ST 2110規格では、映像信号や音声信号、補助データ信号の3種類の信号を別々にパケット化して伝送することが可能になり、各信号間の同期が精確にとれる仕組みが加わる。そのため、キャプションや字幕、多様なテキスト情報、複数の言語音声の処理などのオペレーションが容易になった。
SDIからIPへ
放送オペレーションでは、これまで、映像制作から伝送まで放送分野の独自規格、SDIで運用されてきた。しかし、映像の高精細化(HD/4K/8K化)にともなって、情報量が飛躍的に増え、HD(2K)の画素数は1920×1080px(pixel)、4Kでは3860×2160pxと4倍になり、8Kでは7680×4320pxとさらに4倍になる。
画質を改善するために、画像走査方式はインターレース・スキャン方式から、プログレッシブ・スキャン方式に変わり、ビットレートは約倍になる。
また動きの速い映像でも滑らかに表示できる高フレームレート化も進み、30pから60p、120pに向上し、色表現の画質に関わるビット深度(Bit
Depth)も、8bitから10/12bitに高度化することで情報量は飛躍的に増加する。
伝送容量は、SD(270Mbps)からHD/1080i(1.5GBps)、HD/60P(3Gbps)、4K/30P(6Gbps)、4K/60P(12Gbps)、8K/120P(144Bbps)と増大し、伝送性能が追い付かなくなった。
これに対して、イーサーネットを利用したIP伝送では、2000年には10Gbpsだったが、光デジタルコヒーレント方式(coherent)が開発され2010年には100Gbpsが実用化、現在では400Gbpsや600Gpsも実現し、800Gbpsの開発も進んでいる。
SDIでは同軸ケーブル1本で、HD1チャンネルの映像伝送が基本だが、イーサーネットIP伝送では、伝送容量の拡大に伴って、光ケーブル1本でHD/1080iが約60チャンネル、4K/60Pが約12チャンネルが伝送可能で、映像・音声信号の他に、制御信号、同期信号、インカムなど中継オペレーションに関わるすべての信号の伝送が可能になる。
SDIの機器間の接続は、機器間の同期をとるために外部同期信号が必要となるが、IP接続では、各機器は外部同期信号は不要で、スイッチングハブに接続するだけのシンプルな構成となり、機器やケーブルなどのシステムの簡素化が大幅に可能となった。
さらに放送オペレーション上で重要なのは、SDI伝送では片方向通信で送信側と受信側が固定されるが、IP伝送は双方向通信で、リモート制作などの柔軟性の高いシステム構築が可能になる。

Athlete Moment コロナ禍で東京に来れなかった家族や友人とライブで結ぶ 出典 OBS
コンパクトでスリムなIBCへの転換
OBSは、2020東京五輪大会のオペレーションに臨むにあてって、IBCの設営・運営の効率化を強力に進めた。
ハイライトなどのコンテンツ制作のIP化を推し進めることで、マドリードのOBS本部で大幅に行う。これによりIBCの規模を約20%削減し、設営期間を短縮し機材や資材のリース期間を大幅に縮めた。
またリオデジャネイロ大会から開始した資材の再利用(リユース)に取り組み、環境配慮とコスト削減につなげた。
2018年平昌冬季五輪では、リオデジャネイロ大会のモジュール式のプレハブパネルを再利用したが、2020東京五輪大会でも使用する。3大会連続して使用するというライフサイクルで、持続可能性を追求したこのイニシアチブはOBSに大幅な経費削減と工期短縮をもたらした。
2016年リオデジャネイロ五輪で初めて導入され、2018年平昌冬季五輪で再利用されたモジュール式のプレハブパネルを2020東京五輪大会でも使用する。また、OBSは、IBCで以前の大会で使用したケーブルを再利用する。
3大会連続で使用するというライフサイクル実現という持続可能性イニシアチブはOBSに大幅な経費削減と工期短縮をもたらした。
IBCのレイアウトも大幅に見直しを行った。
新たにライツホルダーの放送機関とOBSとの間で映像・音声信号を送受信する放送機器を集中させるエリアを設けた。集中テクニカルエリア(CTAs:
Centralised Technical Areas)と呼ばれるこのエリアを設置することで、熱、換気、空調を抑えて、電力消費削減を達成して省エネ効果を上げることが可能になる。以前のIBCレイアウトでは、エリアに分散していたが、CTAsにRHBとOBSの放送機器を集中させて、IBCスペースをより効率的に使用してスリム化を果たした。
OBSでは一連の取り組みで約400万ドル(約4億円)の経費削減を実現したとしている。
一方で、OBSが配信するコンテンツは、リオデジャネイロ大会に比べて約20%増やして五輪大会では約9,500時間を及び、全競技中継は4KとHDでサービスするなど史上最大規模になるとしている。
OBS IBCプランニングシニアマネージャーのLavinia Marafante氏は「日本には地震などの災害リスクを軽減するための最も厳格な建築規制があるので、IBCの設営・運営にあたっては、これらの規制を熟知し、整備計画に組み込んだ」と語った。自然災害の多い日本でのオペレーションはリスクマネージメントも必須である。
IBC施設を使用する最初のRHBは2020年4月に施設に入る準備を開始する予定である。そして2020年6月24日には、IBCは完全に機能を開始するとした。

OBSのデジタル・トランスフォーメーション 映像・音声サービススキーム 筆者作成

東京五輪2020 IBC 出典 OBS